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蒼の章1
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茹だる様な暑さの昼下がり。
定食屋の店主の親父はもうかなりの歳で、全ての客に食事を届けると、とっとと奥に引っ込んでしまった。
店内には、自分を含めて四人の客がいる。
カウンターを囲むようにL字形に配置された四人掛けのテーブル席が4つと、丸い座面の固定されたタイプのカウンター席のみという規模のせいか、この人数でもまあまあ繁盛しているように見えるから不思議だ。
常連らしい60代の白いランニングシャツの男と、テーブルを挟んで向かいに座るカーキ色の作業着の50代の男(足下を見るとランニングシャツの男も同じ色のズボンをはいていたから同じ会社の同僚だろう)は、流石常連と言うべきか、クーラーの送風口の下の一番涼しいテーブルを陣取っている。
それから、大学生風の20代の男は店内の一番奥の薄暗いテーブルに、仕事に失敗した30代の男…俺は、硝子の引き戸から照りつける太陽に背中を焼かれながら、入口に一番近いカウンター席に座っている。もう少しマシな席もあったが、少々自虐気味だったせいで、無意味な苦難を自ら受けている。
職安からの帰り道だった。暑さとは別の怠さを纏い、重たい足取りで帰路につく途中に、無性に冷やし中華が食べたくなり、目に付いたこの店に入ったのだ。
地元の地方局のニュースが流れていた。なんの気なしに見上げた店内の古いTVには、名前こそ認識してはいないものの、笑顔が印象的な見慣れた若い女性アナウンサーの姿があった。
つるりと一口冷し中華を啜り、さして興味をひかれた訳でもないがぼんやりと続きを聞く。
どこかの幼稚園で収穫体験をした、新しいタイプの老人ホームが出来た、都心から来たお洒落な店がオープンした、役所で新サービスが始まった…などなど、ゆるいローカルな時事ネタがほのぼのと伝えられたが、急に真面目な表情が張り付き、アナウンサーの声のトーンが落ちたのが分かると、耳が自然と音に集中する。
弔辞か、スキャンダルか、謝罪か、…とにかく、良くはないニュースだろう。
店の前の打ち水は、ゆらゆらと怪しげな陽炎を呼ぶ。
年代物のクーラーがウンウン音をたてて限界まで働く。
冷やし中華の酸味では、身体にまとわりつく湿気を取りさることは出来なかった。ただその代わりに、他人の不幸やゴシップで、一時暑さを忘れることができそうだった。
…俺は呆れるほどに俗物なのだ。
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