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蒼の章6
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「こんにちは」
先に挨拶してきたのは東京さんの息子だった。
抑揚の無いイントネーションでぎこちなく微かな笑みを浮かべた。…ただ、目が笑っていない。
妙に瞳孔の開いたガラス玉の様な目。俺を見ているようでその実、遠くを見ている様だった。
俺は違和感を感じながらも挨拶を交わした。
「ああ、こんちは。今日も蒸すな?」
「そうですね。……ここへ越してきてから、毎日音がうるさくて」
「音?……ああ、蝉か?」
緑の稜線を眺めた。この地響きにもにた蝉の大音響が都会暮らしの人間にはきっとうるさいんだろうな、と青年を眺めた。
田舎者には毎年恒例の夏の風物詩だ。町を出て行った奴らも夏休みやお盆に帰郷すると故郷へ帰ってきた事を耳で実感する。
「……、沢山の声がうるさくて」
話の途中で相手は歩き出した。
俺はまるで見えなくなったみたいに存在を無視された。
会話をしていた相手に脈絡なく無視されただけでも軽くショックだったのに、沢山の声とはなんだ?
頭が混乱したが、少し離れたところから青年に走り寄る中年女性、多分彼の母親であろう姿が見えると少し合点が行く。
母親は息子の背中をさすりながら俺に軽く会釈した。哀しそうな笑みに見えた。
俺も会釈する。
…ああ、そうか。心の病という事か。
田舎町に息子の静養に来たのかもしれない。
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