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玄の章1
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憂鬱な人生だ。
煩くまとわりつく好奇の目をかいくぐり、学舎を抜け出すと大学敷地内の古い建築物に入る。
軋むドアを開けレトロで美しい講堂に入り席に着く。
それを合図に、すぐに始まった文学の講義を受けながら自分の世界はやはりこちらではないかと感じる。
窓の外を眺めれば青々と繁った木々の枝葉の隙間から光が筋となってチラチラと降り注いでいる。
明治の頃に建てられたという古い講堂は今は使われていなくて、建物を見学出来るように一般解放してある。だが、ごくたまに老人が散歩がてら早朝に訪れるだけで学生は全くと言っていいほど近付かない。
「雨宮亮君。いけないね、講義の最中に余所見をしては。君はたった一人の生徒だ。自覚してくれたまえ。」
品の良い老紳士という言葉がぴったりくる柳井教授が悪戯っぽく笑いながら注意する。夏目漱石をもう少し老けさせたらこうなっていたのではと思わせる風貌だが、実際の年齢はわからない。すみませんと頭を下げ、彼の話に集中した。彼の講義はいつも面白い。前触れなく、突然テーマを決めてそれについて論議が始まったりする。また、思い悩んだ時は丁寧に相談にのってくれる。
「…また悩んでいるな?君は若く美しく魂は輝きに満ちている。だが、いかんせん心が内に向き過ぎているのが玉に傷だ。何故友を作らない?恋をしない?人は元来泥臭い欲望の塊だ。それが生きるという事。清廉に生きようとする事は無い。」
教授がゆっくりと階段をのぼりやってくる。
彼の所作は優雅で涼し気で品がある。
「柳井教授…、僕には昔から生きている実感があまり無いんです。それに、人と関わるのは…苦しい。」
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