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玄の章16
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クラスメイトの母親は死んだ。
仕事先のスーパーに向かう途中、乗用車がハンドル操作を誤り歩道まで乗り上げて民家の塀にぶつかり停止した。その、車と塀の間に彼女はいて生き絶えた。
運転手は軽い怪我だけで助かったが、事故を起こしたという事以外何が起こったのか分からず、衝突の寸前自転車に乗る女性が目の前にいた気がしたのを思い出す。視界を遮るエアクッションの脇に頭をずらし、記憶と符合させるように視線を向けると、自分の車の鼻先に赤い何かがいて、車にもたれかかれように身を預けていた。
そこから血だまりが広がり重力に従って下に落ちて行くのを見て目を見開き、半狂乱になり何事か吠えるように短く叫んだ。
加害者である運転手もまた女性だった。
高校を留年ギリギリで何とか卒業し、就職もせずに親の脛をかじって遊んだあと、友達から誘われてキャバ嬢になった。免許をとって一年、お気に入りの車を買って運転にも慣れ、これからギャル友と遊ぶところだった。
身体がガタガタ震える。
寒さの時に震えるのとは別の、自分の意志では止められない震えだ。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
お母さん、お母さん、どうしよう…
なんとか車をバックしてドアを開け血塗れの車の鼻先に向かう。ごめんなさい、とようやく声を出したが上手く話せない。
人が集まって来る。
凄い音だったのよ!事故だ!運転手何してんの、あー酷い、大変!この人息してない、ちょっとケーサツケーサツ、救急車!
色々な声が交錯する。
その中、一人の男が苛立つように肩を揺さぶり
「救急車!!!」
と強く言った。声は怒気を孕んでいて、声の方を震えながら見ると、声同様に怒りの形相の中年男がおり萎縮する。男が左手首を急に掴んで顔の前まで持って来る。
………。
ピンク色でキラキラ派手にデコられた四角いもの。
コレは私のスマホだ。事故が起きる前から今まで、スマホを握ったまま。男は早く救急車を呼べと言っていたのだ。
救急車を呼ぼうとしたが番号が思い出せない。
指が震えて操作出来ない。
そのうち誰かが、コイツ携帯見ながら運転してた、と指摘すると氷水につかったように寒気がした。
え?うそ?最悪、と波紋のように声は広がる。
言葉を発していない周りの人々も、その視線や表情で明らかに責め、蔑んでいた。何人かが動画で自分を撮っている。
自慢のネイルも操作の邪魔にしかならない。
ごめんなさい…ごめんなさい…
誰かが警察と救急車を代わりに呼んでくれた。
被害者の前に座り込み、スマホを耳に当て何処にも通じていないそれに、ごめんなさいと謝り続けた。
ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…
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