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蜘蛛の情欲
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桐野が死んだ。
美しい奴だったのに。
弔問に訪うと丁度夫人と出会した。相変わらず凄味のあるその顔も今日ばかりは窶れて見える。あら雛川さんお久しぶりです、と白々しく言うのでこちらもこの度はどうもと至極どうでも良さそうに返した。夫人は苛立った風もなく余裕綽々である。もうこれで桐野を取られまい、とでも思っているのだろうか。
馬鹿馬鹿しい。
桐野は最初から私のものだと言うのに。
私は夫人に蜘蛛の話をした。
「昔、私は蜘蛛を見たのですよ。あれは美しかったなあ」
「蜘蛛、とは」
「いえね、どうと言うことない蜘蛛なのですけれど。若い時分から今まであれほど美しいのは見たことがない。……本当に美しいのは、その蜘蛛がかかっていた巣だったのかもしれないですがね」
「変わったことを仰いますねぇ。旦那も雛川さんは面白い、と常々申しておりましたよ」
何も知らない様子の夫人に、私は腹の中では愉悦を感じた。
昔。
まだ桐野も私も若かった頃。
私は桐野に刺青を入れた。
肌を這う蜘蛛である。まだ刺青師として駆け出しだった私は、震えながらそれを打った。
二人とも何か暗い衝動に突き動かされていた。若かった。青かった。愚かだった。結果として、若気の至りとして片付けられないような痕が桐野に残った。
それでも、その蜘蛛を見た桐野は、うっとりと言った。
ーーこれで俺は、君のものだな。
そうして、すぐ消えてしまうような噛み跡をかぷりと指先に付けた。
その刺青は普段は見えない。けれど、共に裸で褥に入れば気付くような位置にある。だというのに、夫人は気付いていない。
私は笑った。桐野と夫人のおままごとのような生活が思い浮かぶ。それは優しくて、甘くて、でも美しくはないものだ。真実のないにせものは美しくない。
きっと桐野は地獄に行く。様々な人を欺いてきたのだ。坊主の読経も徒労に終わるだろう。
でもそれは私も同罪だ。可愛そうな夫人を置いて、地獄に二人。
だからその時は、またその蜘蛛を見せてくれ。
そう願うと、菊の花に囲まれた桐野が笑った気がした。
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