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「はい」
一瞬の睨み合いが発生する。
「はぁ、ブレねぇな、今ならいけるかと思ったんだが」
「・・・私は十年間ご主人様のお側におりました。
イチ様が来る前は恥ずかしながら折檻をされたこともあります。
ですが・・・お二人と初めてお会いした時の言葉が私は今でも忘れられません」
刹那、三番の表情が緩むでもなく、優しい雰囲気へと変わる。
一体、何を言われたのだろう。
三番の雰囲気からして恐らく一方的で不快な事ではない。
あの悪魔のようなガキどもを愛しいと感じることが出来る、何か。
「何って、言われたんだ」
「・・・初めてお会いした時、私はお二人の事を苗字でお呼びしました。
勿論お二人とも同じ苗字でございますので普段はフルネームか下の名前でお呼びしようとは思っておりましたが、流石に初対面で申し上げるのは不遜かと思いまして」
そういえば三番はいつも『樹様』と『春様』で呼んでいる。
二人を呼ぶときも『ご主人様』だ。
「苗字は何なんだ?」
「それは・・・お答えできません。
ともかく、私ははじめそのようにお呼びして、改まっての挨拶を申し上げようとしました。
ですが私が苗字をお呼びした時、お二人の表情が目に見えて歪んだのです。
・・・いえ、歪んだといっては少し語弊があるかもしれません。
何というか、傷ついたような、失望したような、そんな表情をされていました。
私は苗字が嫌いなのかと思い、慌てて『樹様』『春様』と言い直したのです。
するとお二人の表情は明るくなりまして、そしてこのように仰いました。
『僕、春以外から名前を呼ばれたのって初めてだ、何か凄い嬉しい』
『僕も、樹以外から呼ばれたのって初めてだよね、何か胸のあたりがむずむずする』
その後、お二人は恐らく無意識だったのでしょう、暫く頬を流れる涙に気付きませんでした」
胸の奥がキリリと痛んだ。
さっき変なところに力を入れてしまったからだろうか。
何故だろう、視界が滲む。
「・・・イチ様、だからと言って私共がイチ様にしている事は、決して許されることではありません。
ですが、私はこの世のあらゆる理に逆らう事になったとしても、ご主人様の味方であり続けようと、その時にそう誓ったのです」
相変わらず虫の良い話だな。
そう言って鼻で笑ってやろうと思ったが、声が出ない。
息が詰まる。
「・・・それからイチ様、イチ様は先ほどご自身の事をかなり卑下しておられましたが、私は今イチ様の長所を一つ知りました。
他人の為に、ましてや自身を酷く傷つけた人間の為に涙を流せるのはそれだけで人として尊ばれる長所かと、私はそう思います。
こちらで拭われてください」
三番から純白のハンカチが渡される。
は?・・・泣いてんのか俺?
何で、あんな連中の為に、糞ガキどもの為に、あれ、でもハンカチ濡れてら。
「・・・わっかんね。三番、言っとくが俺は別に何とも思ってねぇ。
今泣いてんのは・・・自分でもよく分からん、だから変な期待すんじゃねーぞ」
「承知しております」
・・・その後しばらく俺は涙を拭い続け、三番は静かにカップを口に運んでいた。
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