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「…蒼太、すまない」
正気に戻った祐樹さんは後悔していた。何度も謝罪を繰り返す祐樹さんの手に触れる。
「僕を兄さんだと思えば良いよ」
「…何を、言っているんだ?」
今度は祐樹さんの体に触れた。体はもうすっかり冷えてしまっている。
「祐樹さんの気持ちを理解出来るのは僕だけだ。そして、僕の気持ちを理解出来るのも祐樹さんだけ。そうでしょう?」
大切な人を失った。こんなに悲しい事があるのかと思う程に辛い経験をした。兄は僕達にとって特別な存在だった。この悲しみは僕達にしか分からない。
「もう、兄さんに会えない。会いたいけれど、二度と会えない。だから、僕の兄さんの代わりになって。僕は兄さんの代わりになるから」
兄の代わりになって欲しいわけではなかった。本当に兄の代わりになれると思っていたわけではなかった。でも祐樹さんが許してくれるのならそうなりたいと、心から思っていた。
「俺が、お前から陽太を奪ったんだ…」
僕は否定も肯定もしなかった。
「祐樹、もう一度…」
首に腕を回し、自分から強請る。
「…蒼太」
「違うよ。陽太だ」
戸惑う体に擦り寄ると、迷っていた手が僕の体に触れる。僕がもう一度名前を呼ぶと、ベッドに倒され見下ろされる。 祐樹さんの瞳に僕はどう映っているのだろう。
「…陽太」
良かった、僕は安堵の笑みを浮かべ目を閉じた。
時間が過ぎるのと同じように、周囲の人達の兄を失った悲しみも段々と和らいでいった。でも僕達だけはあの頃のままで、一歩も動けないでいる。
「蒼太、お帰り」
「ただいま」
大学とバイトの帰り、僕は必ず祐樹さんの部屋へ行く。部屋の中から兄の存在が消える事はない。祐樹さんも本当は分かっている。兄の代わりなんていない事を。それでもこうして今も一緒にいるのは僕に対する罪悪感と兄への薄れない想いがあるからだろう。
「…祐樹」
この合図で僕の存在は消える。
「ねえ、祐樹君は元気にしている?」
家でテレビを見ていた僕は、突然の母の問いに驚いた。
「…元気だよ」
僕の言葉に母はほっと息を吐き、でも顔を曇らせた。
「この間、陽太のお墓に行ったの。そうしたら祐樹君がいてね、手を合わせてお墓をじっと見ながら泣いていたわ。祐樹君のせいじゃないって、私達がどんなに言っても、まだ自分を責めているのかしら」
言葉が出なかった。
「私、声を掛けられなくて。でも、もう過去に囚われないで、前を向いて生きて欲しい、そう言いたかった」
だから、蒼太からも伝えて欲しいの、母は僕にそう言った。
「…分かった」
僕はそれだけ言うと、家を出た。
近くの公園に入り、ベンチに座る。目の前にある砂場では兄弟であろう二人の子どもが楽しそうに砂の山を作っている。僕は暫くの間懐かしく感じる光景を見つめた後、目を閉じた。
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