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僕は、最低な人間だ。
僕が祐樹さんの時間を止めた。僕がしてしまった事で、祐樹さんは今でも傷付いたままだ。そして僕にはその傷を癒す事は出来ない。ただ傷を深くしてしまっただけ。
僕は兄の死を利用して祐樹さんを縛り付けた。祐樹さんが僕から離れて行ってしまわないように。これで祐樹さんは僕を忘れない、無視出来ない。今度は僕が傍にいられる。
それが僕の醜い本心だった。
「…兄さん、ごめんなさい」
身勝手な想いで兄の大切な人を苦しめ、そして兄の死を自分の為に利用した。
「…祐樹さん、ごめんなさい」
祐樹さんは兄さんを忘れたりしない。でも過去に囚われてはいけない。
「僕なら良かったのにね」
何度もそう思う事があった。事故にあったのが僕だったら、そうすれば今も二人でいられた。でもそれは叶わない。
「今度こそ、幸せに」
これからの人生を、いずれ出会う大切な人と一緒に、幸せに生きて行く事をきっと兄も願っている。
もう二度と邪魔はしない。
目をゆっくりと開き、ベンチの背にもたれ見上げた空は嫌になる程、綺麗だった。
すっかり日も落ちた頃、僕は祐樹さんの家へと向かった。
「お帰り、蒼太」
玄関のドアが開かれ、下を向いていた僕はゆっくりと顔を上げた。
「…ただいま」
でも僕は中へは入らなかった。
「どうしたんだ?入れよ」
どこか不安気に僕を見つめ問う姿に、僕は緩く首を振った。
「…僕ね、兄さんの身長を追い越したよ」
祐樹さんは困惑した様子で黙って僕を見ている。
「顔も、兄さんとはもう大分似ていない」
体、顔、よく似ていたはずなのに、今はもう似ている所は少ししかないような気がする。僕は鏡で自分の顔を見る度、大人になっていく自分の体に触れる度、不安で堪らなくなった。
「…お前は、陽太に似ているよ」
眉を寄せ言った一言に僕は黙って頷き、そして笑った。
「うん、そうだね。でも僕は兄さんじゃない。兄さんにはなれない」
これが最後だと愛しい人の姿を目に焼き付ける。
「今までごめんなさい。もう代わりなんて要らない。祐樹さんにも、代わりなんて要らない」
「…蒼太?」
視界が滲んでいく。それを気付かれたくなくて僕は目を細め、笑顔を向け続けた。
「兄さんが死んだのは祐樹さんのせいじゃないよ。ずっと、祐樹さんは傷付いてきた。だから、もう苦しまないで。兄さんも皆も、そう望んでいる」
苦しめたのも傷付けたのも僕だ。歪んだ関係に一人満足していた最低な人間だ。
「いつか、兄さんと同じくらい好きな人が出来たら、その人を大切にして、そして誰よりも幸せになって」
だから僕はそう祈り続ける。
そうなる事が僕への罰だ。
「もうここへは来ない。もう、会わない。さようなら…」
背を向け歩き出す。
前を向き歩く。
祐樹さんがこんな身勝手な僕を嫌いになってしまうくらいに、迷わずに。
暫く歩いていると、張りつめていた糸が切れたのか、とめどなく涙が溢れ止まらなくなる。
僕が歩いて行く先に何があるというのだろう。全てを失ったのに、もう誰もいないのに。
連れていくのなら僕を連れて行って欲しかった。この醜い感情と想いを連れて、空に消えてしまいたかった。
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