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会社が合併したってことはニュースにもなったし、取引先の人たちも知ってくれてるから、営業の現場で困ることはあまりない。
業務内容は一緒だし、契約書だって、書式は変わっても内容は一緒。説明することも一緒だ。
ただ、困るのは電話だった。
「はい、お電話ありがとうございます。武蔵野西村ヘルスアンドビューティー株式会社、埼玉支社営業部担当の田辺でございます」
受話器を耳に当て、すらすらとよどみなく話してる田辺君を見ると、ホントにスゴイなぁと感心する。
立て板に水、ってこんな感じ?
毎日練習してるのかな? 声がよく通るのは昔からだけど、滑舌もいいし、ハキハキしてるし、いかにも営業って印象だ。
オレだって一応営業部員だし、成績だってそんなに悪くなかったけど。でも田辺君に比べると、パッとしないのかも。
電話だって、まず社名が言えない。
「はい、お電話ありがとうござい、ます。むさっ……」
と、こんな感じですぐ詰まる。
武蔵野西村って、言いにくいよね? どうして社名をくっつけるとか、安直なネーミングにしたんだろう? いっそM&Nとかにしてくれてたら、オレだって毎回詰まることもないし。
「てめーは、まだ電話1つ満足に出らんねーのか」
って、田辺君に嫌味言われることもなかったのに。
「うん、ごめん……」
受話器を置いて田辺君を振り向くと、田辺君はオレのデスクの上をイヤそうに見て、「片付けろよ」ってぼそっと言った。
確かに書類の山だし、新しくなったマニュアルも出しっぱなしだし、デスクの表面はちらっとしか見えてない。片付けっていうか、整理整頓は、昔から苦手だ。
「いらねー書類はどんどん捨てろ」
そう言われても、全部いるし。……いつか、いるかもだし。
「……うん」
メモを取ってた鉛筆を置いて、取り敢えず逆らわずにうなずくと、田辺君は大きなため息をついた。
多分、オレが口先だけでうなずいてるの、お見通しなんだろうな。オレは多少デスクの上が散らかってても、どこに何があるか大体分かってるし、困らないんだけど。
「でも、そう言う田辺君だって、たまに見積書とか出しっぱなしだよ」
向こうに見えるデスクをちらっと見て言い返すと、「た、ま、に、な!」って怒られた。
オレは見積書とか契約書とか、出しっぱなしにしない。すぐにちゃんとファイルに入れて、ちゃんと並べて立たせとく。
すぐにファイルしないと忘れちゃう自信があるし、そうしないと絶対失くすっていう自信もあるからで……それはあんま誉められた理由じゃないけど。
「片付けるよ。……後で」
もっかいぼそっと言い返してから、席を立つ。
こんな時は、熱いお茶が飲みたい。
また手ぶらで行きそうになったけど、1歩踏み込んだだけですぐに思い出せて良かった。
小銭を財布から取り出して、不機嫌そうに立ってる田辺君を見る。
「休憩、行かない?」
誘ってから、彼のデスクの上にペットボトルがあったの思い出した。
オレは絶対こぼすっていう自信があるから、デスク周りに飲み物を持ち込まない。まあ、前は給茶機だったし、紙コップだったからっていうのもあるんだけど。
でも、田辺君の会社では、きっと最初から自販機だったんだろう。ペットボトルのお水を、時々ぐっと飲みながら作業する彼は、やっぱ横から見てるだけで格好いい。
返事を待たずに廊下に出ると、後ろに田辺君も付いてきた。
ペットボトルがあるのに、いいのかな? でも、そういうの指摘しちゃうとまた怒られそうだから、言わなかった。
自販機に小銭をちゃりんちゃりん入れて、Hotのお茶をピッと押す。
「あちっ」
取り出し口から取り出して、その場でカシッとふたを開けつつ、場所を譲って壁にもたれた。
田辺君が買ったのは、ブラックコーヒーだった。同じくカシッとタブを開け、オレの横に来て壁にもたれる。
「落ち着かねーよなぁ。ここ、ベンチもイスもねーじゃん?」
ぼそっと言われて田辺君を見ると、彼はため息をつきながら、廊下とオフィスを眺めてる。
「前のオフィスにはベンチ、あったの?」
「おー、テーブルもあったし、もうちょっと広かったな」
「そう、か……」
相槌を打ちながら、広いオフィスを想像する。明るくて人も多くて、きっとキレイなんだろう。
田辺君は、こっちに転属になるの、イヤだったのかな? だからちょっと不機嫌なんだろうか?
「前はね、給茶器だったんだ。紙コップを置いてボタン押すと、水かお湯かお茶が出るやつ」
「あー、ドライブインとかにあるヤツな」
「そうそう、お湯が出るから、おやつにカップラ食べるのにも便利で……」
オレの説明に、「おやつかよ」ってツッコミ入れる田辺君。話題が給茶機についてっていうのは正直、微妙だったけど。でも、久々に彼と普通に会話できてよかった。
「給茶機、無料だったからさ。つい癖で、財布忘れるんだ」
そう言うと、田辺君は「お前らしーな」って笑ってた。
でも、その上機嫌も、やっぱ長持ちしなかったんだ。
「小崎君、大至急これを人数分コピーして」
係長にそう言われてコピー機に向かったのはいいけど、途中で「両面コピーで」って、主任に言われちゃって。前の機種はそんな高度なことできなかったから、勿論オレもやったことがなくて、すっごい戸惑って焦りまくって、余計に何もできなかった。
どうすれば両面コピーになるのか、そんな機能があるのか、それとも単に紙を入れ直して工夫するのか、それさえも分からない。
タッチパネルをピーピーピーピー言わせて、でも、見つけられなくて……結局、見兼ねた田辺君が助けてくれたんだ。
「貸せ。どけ」
押し退けられて、田辺君が素早くタッチパネルを操作するのを、横で黙って見守るしかできない。
オレがやったのは、出来たてホカホカのコピー用紙を取り出して、人数分折ってまとめただけだ。でも、それすら3分の2くらい田辺君がやった。
「お前、ホントに社会人か? コピー機で戸惑ってどうすんだよ?」
コピー用紙を折ってる最中、不機嫌そうに言われて、「ごめん」って謝る。
「オレが余計なこと言っちゃった? ごめんな?」
主任からは逆に謝られちゃって、それも何か、へこんだ。
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