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2人はそれを「しあわせ」と呼ぶ 2
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研磨の家を訪れて数日後。
ようやく話をする決心がつき、黒尾は木兎に週末会わないかと誘いの連絡を入れた。
木兎からもOKの返事が来て、ふう、と溜息をこぼす。
…できれば喧嘩にはならないように。
大丈夫。
何度も話す内容を頭の中でイメージし、反芻してきた。
自分さえ落ち着きを保てば大丈夫だと腹を括ったのだった。
逸る気持ちから待ち合わせ場所に早く着いた黒尾は、久々に恋人に会う胸の高鳴りとはもう一種別の動悸を感じていた。さっきから忙しなく時計を気にしてしまうのはどちらのせいであったか。約束の時間の2、3分前、手を振りながら駆け寄る木兎に手を振り返す。いつもと変わらぬ満面の笑みを浮かべた恋人に、緊張のような何かがいくらかほぐれる。場所を移すためふらふらと街中を散策しながら木兎の家に向かう。道中コーヒーチェーン店でドリンクをテイクアウトし、本屋で月バリを購入した。
恋人と過ごす何の気ない休日。
黒尾の中でこのわだかまりが無ければこの時間を満喫できるはずなのだ。屈託なく隣で笑う木兎にどこか罪悪感に似た感情を抱きながらのデートになってしまった。
木兎の家に到着した後も、世間話もそこそこにどこか落ち着きのない黒尾の様子。さすがの木兎でも気付くものがあった。
「お前なんか今日落ち着きなくね?どうしたー?」
「あ、実は、さ…。
俺今度イメージモデルやることが決まってさ」
「おー!いーじゃんいーじゃん!
何のイメージモデルやんの?」
初めは笑って聞いていた木兎だったが、だんだんと表情が曇っていくのは火を見るよりも明らかだった。いい顔をしないのは予想通りだったが、黒尾の想像以上に機嫌を損ねてしまっているのもまた事実だ。
やっとすべてを話し終えて、暫く何とも気まずい沈黙が流れた。しかしその沈黙を最初に破ったのは木兎だった。
「お前さぁ…仕事は選ぶべきなんじゃねぇの?
プロなんだし」
木兎の珍しく抑揚のない口調と低い声に、若干肩が跳ねた。そして思った以上にキツイ第一声に、思わず反論してしまいそうになるのをグッと抑える。
怒っている。
いや、というよりは呆れているのかもしれない。
しかし、最後まで聞いてもらったのだ。
それならばこちらも最後まで聞くのが筋ってもんだろう。
「キレ―なお姉さんと金に釣られていつの間にか契約してましたって?」
「…おい木兎」
「今更女抱く顔できんの?」
「おい」
「お前ってそんなプライドない奴だっけ?」
「いい加減にしろよ!!」
自分でも驚くほど声を荒げてしまった。
現実は想像ほど上手くいかない。
頭の中ではわかっているのだ。
ここで言い返したら後悔するのは自分だと。
「仕事だっつってんだろ!
ガキじゃあるまいし聞き分けろよ!」
「だから!仕事は選べよ!
売名に焦るほどじゃねぇじゃん!」
「売名目的じゃねぇよ!
引き受けちまったもんは仕方ねえだろ?!」
バン!!!
黒尾を黙らせるかのように苛ついた木兎の腕が壁に叩き付けられた。…普段ヘラヘラした奴の怒りほど恐ろしいものはない。だがこのままでは埒が明かないのも確かだ。
木兎も恐らくそう思っていることだろう。後ろ頭を掻きながら、自らの気持ちを落ち着けるように一度息を吐いた。
「…1回、頭冷やそうぜ」
部屋を出ようと踵を返し、ドアノブに手をかける。
そこで耳に届いたのは思いがけない音だった。
木兎が、鼻を啜ったのだ。
これまた予想外の反応に、むしゃくしゃした頭が晴れた。
いや、血の気が引いたというのが正しいか。
このまま木兎を置いて部屋を出るのはさすがに心苦しい。
部屋を出るのは止め、木兎に声をかける。
「おい、木兎…っん゛ぅ」
俯いていた顔色を窺おうと右手を差し出すと、それを引っ張られ口を塞がれてしまう。唇を割って入る舌先から熱が伝わってくる。いつもとは違う、噛みつくような荒っぽいキスは涙でしょっぱかった。
「…わり」
唇が離れていくと、小さく掠れた声で謝られてしまう。
弱々しい声に一層心苦しさは増す。
黒尾はわかっていた。
怒ってくれるのは自分のためだと。
そして木兎自身、大人になりきれていない自分に苛立っていた。恋人のそんな姿は世間に晒したくない。しかし理解のある恋人でありたい。どうにもならない葛藤の中、どうしようもない独占欲が言葉にできないまま渦巻いて蓄積されていく。
「…いくらお前に抱かれたって、
孕んでなんてやれねえよ」
言うつもりもなかった言葉が口を突く。
やるせない口調の言葉に、木兎の眉が顰められる。
辛いのは互いだった。
もう言うな。言うな言うなと理解はできている言葉が頭の中でリフレインされる。
「どうしたって俺もお前も男だ。…世間は俺たちの都合で回ってねえんだよ」
少しの自己嫌悪。
それと罪悪感で胸が痛い。
黒尾の言葉に、木兎は何も言い返さなかった。
反論もせず、緩く拳を握って黒尾が部屋から出ていくのをただ見ていた。悲しい言葉だと思った。そんな悲しい台詞を言わせてしまった自分に、心底腹が立つ。
結局、話し合いは最悪の形で仕舞いとなったのだった。
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