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7本目、複雑。
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「紅野くんお疲れ様、またシフトが被ったらよろしくね」
「うん、こちらこそ」
無事に閉店作業を終えた。
皆事務所で支度をして次々と帰っていく。
斎藤さんに挨拶をした後に僕も帰ろうとしたその時、笹窪さんが入ってきた。
「…あ、紅野くんお疲れ様。今日はフロアありがとう」
笹窪さんは軽く微笑みながらそう言った。
僕より全然背が高く、少しうっとおしそうに流している前髪に青黒い髪色。
そして端正な顔立ちに優しい笑みで、きっとモテモテなんだろうなと思った。
アルファ性だから男の人も女の人もイチコロなのかな…。
「…お疲れ様です」
「シフト表見たんだけど俺と全く被ってないね」
「そうみたいですね」
まさか笹窪さんと被らないようにしているとは言えずに話を合わせて頷いた。
もし発情期とバイトが被ってしまい、さらには笹窪さんとシフトが同じ日に抑制剤が上手く効かないなんてことがあったら…僕は…
「…あのさ、紅野くんさえ良ければ一緒に帰らない?」
「…えっ!?」
まさかの誘いについ裏返った声が出てしまった。僕は話をさっさと切り上げて早く帰ろと思っていただけなんだけれど…。
ただでさえ避けていたかったこの人と“一緒に帰る”なんてことは恐ろしすぎてとてもじゃないけれど受け入れたくはない。
断らなくちゃ…頑張って断らなくちゃならない。
「もしかして嫌だった?」
「えっと…あの、嫌って…訳では無いですけど…」
「本当に?良かった、じゃあすぐ支度するから待ってて」
笹窪さんは一方的に話を進めるとバタバタと支度を始めた。僕はこういう風に聞かれるとどうにも弱いみたいだ。
性格上嫌だと言えるわけも断れるわけもない。
その度に自分の弱い部分が嫌になり心にずっしりと自己嫌悪の重りが伸し掛る。
「ごめん、お待たせ」
自分の事を追い詰めている間に笹窪さんは着替えまで済ませていたみたいだ。
私服は全身真っ黒…だけれどそのスタイルの良さでとても様になっているように思える。
黒いジーンズで余計に足が長く見える…僕とは大違いだ。
「んー…疲れたし早く帰ろっか」
「はい」
大きく伸びをしながら事務所から出る笹窪さんの後について行く。バイトで疲れた後にまた疲れる予感。
なぜ初対面の僕にこんなにも構うんだろう?
もしかしてもうオメガ性だとバレていたり…?
それで人気のない場所へ誘い出し襲われたり…。
そういうことだったら…どうしよう…。
「…聞いてる?」
「えっ…あ、すみません…」
ただひたすら不安な気持ちでいっぱいになり頭の中でぐちゃぐちゃとよからぬ事ばかり考えてしまっていた。
そのせいで笹窪さんの話を全く聞いていなかった。でもこんな状況ではまともに聞けそうにもない。
だって僕は今、アルファ性の人と二人きりで夜道を歩いているんだから。
「紅野くんは大学どこなの?俺はそこの駅前の大学なんだけど…」
「すごく頭いいじゃないですか…」
「…んー、生まれながらにしてってやつなのかもね」
流石アルファ性なだけある。
アルファ性の人は生まれながらにして天才だとか言われている。頭もいいし、家柄もいい人ばかりだ。もちろん全員が全員そういう訳では無いだろうけれど、比較的に優秀な人が多い。
そういうところも正直苦手だ。自信家や横暴な態度の人も少なくはない。
笹窪さんも僕に対してマウントを取っているつもりなのだろうか。
「…そうですか」
「俺がアルファ性だって言ったらどう思う?」
その質問に一瞬固まった。
本人の口から聞くとより一層僕の中で緊張感が増す。
笹窪さんは確実に“アルファ性”なのだ。
僕を試してる?やっぱりバレてる…?
「紅野くんも嫌?」
「何がですか?」
「特別扱いされるから嫌われやすいといえば嫌われやすいんだよね。気に入らないとか言われるから」
意外だった。
てっきりこれから自慢話を聞かされるものだと思っていた。
笹窪さんの横顔をチラッと覗くと少し元気がなさそうにも見える。
勝手な印象だけれど、アルファ性は完璧な人間ばかりだから大した悩みも抱かずに生きているものだと思っていた。
「俺はアルファ性だからといって特別扱いされるのはごめんなんだよね。誰もが同じって訳じゃない。俺は人並みに努力して大学入ったと思うし、アルファ性だからって番はいないしオメガ性の人で遊ぶこともしてないし、するつもりもない」
「…そ、そうなんですね」
笹窪さんは何を言ってるんだ、特別扱いは嫌だとか人並みに努力だとか…。
だってアルファ性はオメガ性を…なんならベータ性のことまでバカにしているじゃないか。
僕は優しいアルファ性なんて見たことがないし存在してるとも思っていない。
なのに…笹窪さんはまるで…。
「…って言っても仕方ないよね。ごめんね紅野くん。何となく君は違う気がしたんだよね。一概にアルファ性だといっても全員が上から目線だとか思わないでくれたら嬉しい」
信じられない。
この人は僕をオメガ性だと思っていない?
気づかれていないことには安心したけれど。
僕のような人間に向かって言っている自覚がない…。
やめて欲しい。
僕はそんなことが
聞きたい訳じゃない。
「…あっ…えっと…」
驚きや怒りや困惑…様々な感情が一気に押し寄せ複雑に絡み合う。思考が落ち着かない上に言葉が纏まらずに喉の奥でつっかえて出てこない。
僕が上手く返事を出来なかったせいで暗い夜道をただ黙って二人で歩いている。
怖くて笹窪さんの方を見ることが出来ない。
今、何を考えてどんな表情をしているのだろう。
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