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19本目、冷や汗。
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夜道は少し肌寒い。辺りが静まり返るなかで、僕と笹窪さんの声だけが存在を現している。
「じゃあ紅野くんはその時なんて返事したの?」
「えっと…そうなんだって…」
「なるほどね」
笹窪さんはさっきから僕の大学生活について聞いてくる。
仲のいい友人とはどんな会話をして、その時僕はなんて返したのか。
どういうルーティンで過ごしているのか。
お昼は何を食べているのかなどをやたらしつこく聞いてくる。
「あの…!さっきから何をそんなに僕のことばかり聞いてくるんですか…!」
自分の話ばかりをするのが耐え難くなり遂にそう聞いてしまった。
てっきり謝られるのかと思っていたが、質問攻めにあうことになるとは。
「ごめん。紅野くんのこともっと知りたかったから」
そう答えられると僕は何も言い返せなかった。
僕のことを知りたい、なんてまるで僕に興味があるみたいじゃないか。
「照れてる?」
「なんでですか」
「夜道が暗くて見えにくいけど、たまにある街灯の明かりで紅野くんの耳や頬が赤く染ってるのがわかるから」
「なっ…!」
僕は慌てて顔を両手で覆い隠した。
やたら顔を見てくるなと思っていたがそう言うことだったなんて…!
またからかわれているじゃないか。僕が恥ずかしがる姿を見て面白がっているなんて、とんだ悪趣味だ。
「あはは。それじゃあ耳は丸出しだから赤くなってるのを隠しきれてないよ」
「からかわないでください…!」
「んー紅野くん楽しいから。自意識過剰かなとは思うんだけどさ、俺にどんどん心開いてきてくれてるのかなーって」
「そ、そんなこと…」
“ない”?
いや。僕は徐々に笹窪さんに心を許していっている。それは自分でも薄々感じていた。
初対面の時よりもすごく話しやすくなり、目を合わせていられる時間も長くなってきた。
笹窪さんに対しての警戒心はとっくに無くなっている。
「…待って」
「どうしたんですか?」
笹窪さんがいきなり立ち止まった。
そして深刻な顔をして辺りを見渡している。
やがて周りをひと通り確認した最後に僕を見た。
「…近くにさ」
やけに声のトーンが低い。それに顔は段々と俯き始めた。
この空気からしてなにか良くないことがあったのかもしれないと、僕まで不安になってきた。
「…気のせいなのかな。俺の薬切れかな。いやでも飲んだばかり…」
笹窪さんの一言一言にだんだん違和感を覚え始める。薬は抑制剤のことだろう。
言いたいことがわかり始めてきた頃に、僕は冷や汗が流れだす。
「……近くに発情期のオメガ性がいる気がするんだ」
「…」
僕は言葉が出なかった。
なんとなくそういうことを言うんだろうなと覚悟をしていたつもりが、いざ本当に笹窪さんの口からその言葉が出ると僕はより一層不安な気持ちで頭がいっぱいになる。
「ほんのりと…本当にほんのりと感じる。発情期になりたてかここから遠くにいるのか……」
薬を飲んでいてもアルファ性の人はオメガ性の“それ”を感じとることができるのか?
丁度僕は発情周期を迎える頃。
笹窪さんの言うそれが僕であるなら
どうしたらいい…?
「…あ、弱まった」
「そう…ですか」
変な緊張で喉がカラカラに乾き、か細くなった声で僕は答えた。それと同時に気がつく。
薬が切れたのは笹窪さんじゃない。
僕が発情期に差し掛かっているんだ。
はやく帰って薬を飲まないとまずい。
でもあれこれ考えてフェロモン強まったら元も子もない。今は知らんぷりをするんだ。
「ごめん騒いじゃって。俺、フェロモンに敏感すぎたのかもな」
「僕はアルファ性じゃないのでさっぱり」
「そうだよね。君みたいにベータ性よりも感じやすい俺としては今のはやっぱり…」
僕のことを“ベータ性”だと思っているんだとひとまず安心した。全く疑われていない。
まさか目の前にオメガ性がいるとは確かにすぐには分からないと思う。
アルファ性とは違い、公にせずなんならひた隠しにして生きていく人が多い。
僕もそのうちの一人なのだから。
「帰ったらまた薬飲まないとなー…」
「そうしましょう」
僕も薬を飲まなくてはならない。
発情期の間は絶対に欠かせてはならない。
発情期中のフェロモンを垂れ流しにしていたら、いつどこで誰に何をされるのかわかったものではない。
「そうしましょうって…紅野くんもなんか飲むの?」
「あっ…え、いやその…頭痛薬です。偏頭痛持ちなので飲んでるんです」
「そっか。じゃあもう丁度駅だし。じゃあね」
気づいたらもう別れる地点に来ていた。
駅周りは少しだけ若者が集っていてここに来るまでの夜道よりは賑やかだった。
明かりも街灯以外に何個かあり、笹窪さんの顔がハッキリと見える。
ここまであっという間に感じた。
少しショックを受ける僕は僕自身に疑問を抱く。なぜショックなのだろうかと。
まだ物足りない?話したい?
でもそれだとまるで、僕が笹窪さんを…。
「あー…あ。やっぱりいるよ。ここらへんに。ごめん、じゃあ」
笹窪さんは焦った様子で走って帰って行った。
笹窪さんの姿が見えなくなった頃、僕も急いで帰らなくてはと思い小走りで家へと向かった。
早く薬を飲んでフェロモンを抑えなくてはならない。
本当に発情期のオメガ性が僕なのだとしたら…。
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