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46本目、出発。
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「あったあった」
「なんですか…?」
「これ。今から行く旅館は俺の知り合いがやっててさ。昔から仲いい友だちのお兄さんの旅館」
暖さんは荷物をまとめた後に冊子を出した。
ハガキより少し大きいくらいのそれには温泉や食事の写真が掲載されている。
「この冊子の中に割引券とかなんとかついてた気が……あった、割引券。少しいい部屋が他の部屋と同じ値段で泊まれるらしい」
「す、すごいですね…」
「温泉の種類が何個かあって気持ちいいんだよ。食事も美味しいしね」
暖さんはその冊子を見つめながら笑顔で話す。
そのくらい好きな場所なんだ。
そこに僕を連れていってくれるということが嬉しい。
「そうなんですね。いろいろ教えてください」
「うん。まかせて」
暖さんは自分の胸をぽんと叩きながら答えた。
好きな景色や温泉、食事をたくさん知れるんだ。
二人で共有しながら楽しめるんだ。
今から色々想像して既にもう旅行気分になってきている。
「よし。俺の支度は大丈夫。歩生の家行こう」
「はい」
これから僕の家に行き荷物をまとめる。
この暖さんの広くてお高そうな家の後に自分の普通な家に行くのは少し気が引けてしまう。
でも家具や家電まで高価そうなものばかりに囲まれていたから、普通の家だと逆に落ち着くかもしれない。
暖さんがどう思うかは分からないけれど…。
お互いの荷物を持って暖さんの家を出る。
「腰平気?」
「歩けるくらいには大丈夫です」
「うん。じゃあ行こう」
暖さんは手を引いてくれた。
雲ひとつ無い空には眩しく輝く太陽がいる。
けれど少し風が吹いているため暑くなくて過ごしやすい日だ。
「飛び込んで入ると怒られるからね」
「飛び込んだことあるんですか?」
「友だちがね」
僕の家に向かう途中では過去に温泉に行った時の話をしてくれていた。
暖さんも楽しみなようで、ずっと笑顔だ。
それに釣られて僕も笑顔になる。
「もちろん俺はそんなことしないけどね」
「僕もです」
昨夜からずっと平和で心が落ち着く。
と思ってたのにそれは次の瞬間に壊された。
「あっれ」
その聞き覚えのある声に僕は足を止めた。
「歩生?どうしたの?」
「あーやっぱり!あゆくーん!」
このチャラチャラした喋り方と軽い声。
僕のことを“あゆくん”と呼ぶ人。
どう考えても一人しかいない。
「……篠宮さん」
「覚えててくれてるね」
「……」
なんで会ってしまうのだろう。
この人はいつも会いたくないタイミングで出会う。
僕の行動を知ってたりでもするのだろうか。
今日は周りに女の子を連れて歩いてはいなかったため、いつもよりは静かだ。
「周りに…」
「あー彼女ら?朝早くからいるわけないじゃん。てゆーか俺はあゆくん狙ってるからあの子たちは興味無いの」
その言葉を聞き、今の今までこの状況についていけておらずポカンとしていた暖さんが眉をひそめた。
繋いでた手を強く握られる。
僕に何かを伝えようとしているのだろうか。
でも今は目の前の篠宮さんが気になりすぎてしまいわからない。
「あゆくんその人誰なの?」
「バイト先の先輩の…」
「そんな大荷物でどこいくの?」
「………」
ジロジロと僕と暖さんのことを見ながら質問を次々飛ばしてくる。
答えたくないけど答えないと離れてくれない人だ。
僕が黙り込んでしまった時、暖さんが代わりに言葉を発した。
「どなたか存じませんが俺ら急いでるんで」
「あっは。そう固くならずに、ね?仲良くしましょうよ?そうだあゆくんついでに落し物返す。
手だして」
落し物…?
空いている片手を差し伸べると篠宮さんは何かを乗せてきた。
「俺は用があるから行くねー。じゃあねあゆくんと隣の人。また大学で」
「…歩生大丈夫?あの人は?」
「……」
「歩生?」
僕は手を見て青ざめた。
「……抑制剤?」
無くした薬は篠宮さんが持っていた…?
篠宮さんと会ったあの時に落としてきてしまったのだろうか。
何にせよこの薬を見られたということは僕がオメガ性だということが知られてしまったのではないか?
「…あの人は知ってるの?歩生がオメガ性だってこと」
僕は首を横に振った。
「…落としたの気づかなくて…あ…、どうしよう…」
僕は気が気ではなかった。
また大学へ行った時に皆に広められてしまっていないだろうか。
沢木やその友だちに知られてしまったら僕はもう大学へまともに通える気がしない。
それにまたその弱みを握った篠宮さんが僕につきまとってこないだろうか。
「あの人は大学の先輩…とはいえ一方的にああやって来るんですけど…。アルファ性の人なんです」
それを聞いた時、暖さんは険しい表情を見せた。
篠宮さんに対しての第一印象がきっとよくなかった上にそれを聞いたら無理はない。
「…そうなんだ。歩生。大丈夫だよ。俺が守るから」
暖さんは僕の頭を優しく撫でてくれ、また手を引き歩きだした。
「あ、ごめん俺道わかんないや」
振り向いて笑顔でそう言った。
安心させてくれようとしたのだうろか。
何だかそれが面白くて笑ってしまった。
そうだ。今色々考えても仕方がない。
もう篠宮さんに薬を見られたことも変えられないんだ。
それに暖さんと一緒にいるんだし楽しくないことを考えたくない。
不安はあるけれどそれはまた後回しだ。
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