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◇◇◇
あれは、俺が高校に入学してまだ間もない頃。
慣れない通学路での出来事だった。
ある朝、何気なく川沿いの道を自転車で走っていると、後方から声が聞こえてきた。
立ち止まって振り返ると、おじいさんがこちらに向かって手招きをしている。
不思議に思ったが、自転車から降りて、おじいさんの方へ近寄っていく。
すると、おじいさんはシワが深く刻まれた顔を更にしわくちゃにして、ニッコリと微笑んだ。
『あの……?』
『これ、落としたじゃろう?』
そう言って、差し出された手のひらに乗っていたのは、ピンクの布地に白糸の刺繍が施されている薄汚れた御守りだった。
見覚えのあるその御守りを目にして、とっさに尻ポケットに手を伸ばす。
その日の朝は、慌てて家を出たから御守りをバッグには仕舞う余裕はなくて、尻ポケットへ無造作に突っ込んでいただけだった。
その御守りが、走っている最中に何かの拍子で落ちてしまったのだろう。
尻ポケットに御守りがない事を確認すると、御守りを両手で受け取った。
『ありがとうございます!』
礼を言って頭を下げると、おじいさんは『いやいや』と、顔の前で手を振った。
『その御守り大事な物なんじゃないのか?』
『はい。バアちゃんの形見なんです』
俺がそう答えると、おじいさんはウエストポーチから紐を取り出して俺の前に差し出した。
『……これは?』
『ワシの靴ひもの予備じゃ。前に一度散歩中に靴ひもが切れて大層困っての。それ以来、必ず靴ひもの予備を持ち歩くようにしとるんじゃよ』
『そうなんですか、大変でしたね』
おじいさんの話に相槌をうっていると、おじいさんは俺の手を取ってその真新しい靴ひもを握らせた。
『これをやるから、御守りに結びつけて首にかけておきなさい』
『えっ?』
『大事な物はもう落とさんようにな』
そう言い残して立ち去って行くおじいさんの背中を呆然と見つめた。
(あっ、御礼!)
『ありがとうございました!!』
おじいさんの背中に向かって大声で礼を言うと、おじいさんは振り返る事なく後ろ手で、ヒラヒラと手を振ってくれた。
手のひらに残ったのは何の変哲もない白い靴ひも。
おじいさんに言われた通り、御守りに紐を結びつけて首にぶら下げて、学校へと急いだ。
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