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【パチパチパチ】
録音された拍手の音・・・軽やかで甘く、儚いピアノ。「waltz for debby」が終わり、少しの静寂のあと
「detour ahead」が流れ始める。此処で何度も聞いたCD。
空になったグラスを見て、帰ろうと思った。
誰もいない、自分の部屋にもどってベッドに潜り込もう。
まるであの日みたいじゃないか・・・まだ出会う前の宏之が水やりをする夢に涙した夜。
「帰る前に、ゆきちゃんのことを。沢木と知られた経緯を説明したほうがよさそうです。」
「ああ。そうでしたね・・・。」
「アンニュイなあなたは素敵ですよ。」
「また、フランス語ですか。」
【コト】
「これは?」
白濁した緑がかった水色にも見える液体。
「アブサン。ヨモギやハーブが入っているので独特な香りを持っているので飲む人を選びます。
『人間失格』では、この酒が喪失の象徴みたいに書かれています。このお酒がらみならランボーをひきあい
にだしてもいいですが、話がながくなるのでやめておきましょう。
どちらにしても今のあなたにぴったりです、アブサンは。」
一口含むと、強い度数と薬・・いや薬草のような香り。でも・・癖になりそうな風味。
「わたしにぴったりですか?」
「ええ、どうしようもないことをグズグズ悩んでいるから。自虐的な太宰の親戚みたいですよ。
今日のあなたはね。」
「色・・・綺麗ですね。」
「そこもあなたにぴったりです。さて、ゆきちゃんですが。」
しっかりと斉宮に視線を合わせる。よく考えたら、この男の顔を今日初めてちゃんと見た。
下ばかり見ていたのか・・・。情けない。
宏之が横に居たら「ああ~~あ」そう言って笑わせてくれるはずだ。
「この店に男性二人連れがきました。元同僚の関係で、一人は作家として食べていく目途がたったので会社を辞めたから逢うのは久しぶりだと言っていました。
翌日仕事の男性は先に帰りました。そして私相手にポツポツと後悔の話しをはじめたのです。
高校生の頃にした恋、その先の後悔を。
どこか投げやりなくせに透明感のある柔和な雰囲気でね。それが波多家さんでした。」
ゆきちゃんの大事な人、波多家・・・シュン。
「桜沢の使いでここにきた吉川に目をつけられてしまった。波多家さんの元同僚である男がその後1ケ月ほどして来た時に、波多家さんと連絡がとれなくなったと言うわけです。
少し調べればすぐわかりました。波多家さんを攫って閉じ込めていましたよ。
何度か諭しましたが、吉川はいう事を聞かなかった。
あなたは吉川の何か気に入らないことがあったのか、随分前から探りをいれていたみたいですね。
よく帳簿まで引っ張り出したものだ。」
「簡単ですよ、あの店長には随分と粉をかけられましたからね。」
「バカは、結局バカなままです・・・残念ですよ。」
「その先は少し聞きました。この店で吉川に見つけられたという手がかりだけで乗り込んだら、サイがいた。
そう言っていました。」
「吉川の身分は教えましたよ。若頭や組長に逢わせろと、最初はバカな若造かと思った。」
「でも違った。」
「そのとおり。」
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