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「俺、席はずしますね。」
宏之が立ちあがる。「知らないほうがいい事」だと判断したのだろう。裕やわたしといると、そういう判断をする機会がどうしても増えるから、宏之は聞かないことを覚えた。「隠す」と「言わない事」の違いをちゃんと理解している。
「いえ、関さんはここにいてください。」
「シュン・・・。」
「僕たちの為に、何の利益もないのに動いてくれる人たちがいる。嬉しいを通り越して感動しています。
怖がってばかりいる事だって、いい加減乗り越えなくちゃいけない。
沢木さんと関さんがいてくれれば、もっと強くなれそうな気がする。」
宏之は何も言わずにまた座った。
「吉川の今の姿を見せることはできません。あそこは暗く、常識の範疇を超えた場所です。
あの場所に堕ちた者は明るい世界では生きていかれません。
吉川が貴方達の前に姿をあらわすことは1000%ない、ありえないのです。」
「は・・・い。」
「それと、吉川が波多家さんにした暴力的なSEXの際、あの場所にいた男達を突き止めました。」
「沢木さん!それ本当ですか!」
「本当です。」
テーブルに肘をついて顎を握りしめるようにしながら、一点を見詰めている。ゆきちゃんは頭をフル回転させていることだろう。どうしてわかったのか?吉川と話したのか?どうして、どうして!
「わたしは吉川に直接逢っていませんよ。ゲテモノを仲介にして吉川から情報を引っ張っただけです。
それで、そのゲテモノさんとの交換条件だったので男達を引き渡したというわけです、人数は4人。
彼らも今や吉川と同じ場所の住人になりました。よって、今後一切、陰に怯える必要はありません。
綺麗なものを見て、季節を感じる。美味しいものを食べて、沢山笑う。
二人一緒にそうやってこれからを生きてください。」
「どうして・・・そこまで。」
「個人的な事です。波多家さんの過去を塗りつぶすことができたら、わたしが少し救われる。
そうですね・・・私の過去・・・。波多家さんの経験が恐怖だとしたら、わたしの方はそれを通り越して「おぞましい」ものです。」
宏之の手の甲に自分の手を重ねる。
「宏之が言ってくれた。体は洗えば綺麗になるって。汚れたと感じるのは心だと。」
「こころ・・・。」
「心に傷がつくと痕になる。その痕は傷が多いほどヒダとなって心を覆う。心の表面積が増えると思いませんか?だから、あなたは誰よりも優しい。」
波多家さんの目から涙が零れ落ちた。
「そう言ってもらえて救われました。
過去を話しても嫌悪することなく、わたしの代わりに泣いてくれました。
過去は決して消えないけれど、それに引きずられてはダメです。」
「そうですね・・・僕にはユキがいます。」
「そうですよ、だから大丈夫。波多家さん、お願いがあるのですが。」
「なんでしょう。」
「宏之があなたの熱烈なファンなので、サイン本を一冊いただけませんか?」
「そうですね!そうしましょう。関さん、書斎まで来てくれませんか。」
「えええ~仕事場まで見れちゃうんですか!うわ、どうしよう!」
連れだって出ていく二人を見送って、ゆきちゃんを見詰めた。
「色々・・・ありがとうございました。」
「おせっかいを焼いただけです。さっきも言った通り、わたし個人の想いから動いただけです。
裕は巻き込まれたわけですが、回収の目途がついてチャラですよ。宏之は偶然。」
「思ったとおり、関さんはすごい。」
「すごい?」
「俺にとって怖いのは沢木さんだ、桜沢さんよりずっと怖い人。サイと同じにおいがする。
そんなあなたを一瞬で影から引き上げる力を持っていますよね、関さん。
「junet」にいた沢木さんは、闇に飲み込まれたのに、関さんの名前だけでフワっと浮き上がってきました。
その時思ったんです、どんな人かしらないけど、すごい相手なんだろうなって。」
「傷だらけのわたしを優しいと言う人です。守るなんて絶対言わない。代わりに言ってくれるのは「傍にいます。」どんなことがあっても、何をされても傍にいますって。」
さっき思いついたことを言ってみようか。
「少しだけ征寛先生を露出させたらどうですか?」
「シュンを?」
「表にでてこないのは隠れたい理由がある、そう人は勘繰ります。だから少しだけ、表にでる。
写真だって逆光をうまくつかってソフトフォーカスにすれば、アート的なものになるし性別の判断をぼかすことも可能です。
高校時代の親友の本棚を自分の本棚がわりにしていた。彼が居なかったら小説を書くなんて絶対なかった。だから彼の名前をペンネームとして貰った。
そういえば、へえ~で終わる。
創作に関しての沢山の情報、そして少しだけ私生活。
つくりこんだ記事をインタビュー風に構成すれば、それなりのものになりませんか?
秋元さんの企画として通せば、彼の手柄にもなります。先生が初めて出てくるわけですから、掲載される雑誌は売れるでしょうし、出版社にもメリットになるはずです。」
「いつ、思いついたんですか。」
「さっき。」
ゆきちゃんは参りましたと言わんばかりに頭を下げた。
「衣食住にともなう面倒をみることだけが、波多家さんを守ることじゃないはず。作家としても、波多家さん個人をも守るなら、方法は沢山あります。現に宏之は「傍にいます」と言い続けることで、わたしを守ってくれています。忌々しい記憶や忘れたいのに忘れられない事からね。」
この二人にとっては、今回のアクシデントは過去を乗り越える切っ掛けになっただろう。
すべてが片付いたわけではないが、上出来だ。
宏之が戻ってくるまでのあいだ、私たちは一言も言葉を交わさなかった。
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