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「碧さん、碧さん。」
浅い微睡がようやく深くなり始めた頃、それは宏之の起きる時間・・・。
「ん・・・もうそんな時間・・・。おはよ・・・。」
「おはようございます。今日も貴方と一緒です。」
羽毛のように軽やかで柔らかい口づけ。
名残惜しそうに頬に触れる人差し指。
今日も一緒だと信じられる、毎朝の儀式。
手早く支度を終えて、出掛ける音をかすかに聞きながら夢の世界を手さぐりする。
宏之がでてきてくれないかな・・・そんなことを願いながら。
<♪♪♪>
アラームを止めて起きる時間を認識する。
ボヤ・・・としたままベッドに起き上がると、相変わらず何もない部屋だ。
わたしの生活もどんどん宏之化して随分シンプルになりつつある。自宅から運んできた服を着て、それを洗い、クリーニングにだす。そしてまた身に着ける。
そうしていると、沢山の服は必要ない。
宏之はわたしがプレゼントした服を大事に着ている。高くていい物は価がありますね~と言いながら。
テレビを見たいと思わなくなった。
庭を眺め、空気を感じながら何もせずに過ごす、そんな時間の大切さを知ったから。
床に転がって窓の外に見える青い空と流れる雲を見る。
それは退屈を感じさせず、心を穏やかに整える力を持つ偉大で当たり前にある存在。
そんなこと、考えもしなかった。
前はそんな時間が寂しくて、街をぶらついたりしたけれど、今はそんな風に思わない。
ゆったりした時間を楽しいとさえ思えるようになった。
少しだけ波多家さんの本を読む。
本人と同じで綺麗で透明・・・。面白いとかワクワクする物語ではない。
『想い』の次作はどんなストーリーが紡がれるのか。
それを読めば、あの二人の結びつきが見えてくるのだろう。そう思う。
宏之は波多家さんとたまに電話で話をするようだ。「色々聞かれて困っちゃいます。」そういって笑っている。人との接触を避けてきた波多家さんにとって、宏之と話すのはリハビリの第一歩かもしれない。
まったく、宏之は優秀な理学療法士じゃないか・・・過去を癒す特別な力。
昨日客がくれた出張土産、古谷さんにおすそ分けしよう。
用意された食事の脇にいつもメモがある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この小鉢は古谷さんに届けてください
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
古谷さんに届け物をしてから、出掛けることになる。
毎日顔を合わせて、ほとんど住んでいるようなわたしに、古谷さんは何も言わない。
「ありがとうよ!」と嬉しそうに笑い 「今度また着物姿みせてくれよ」 そんなことを言う。
宏之が引っ越しできないという気持ちがわかる。あの笑顔を向ける相手がいなくなれば、古谷さんが寂しいと思うのは容易に想像できるから。
だからこのままでいいですよ。
まだ実験なんだしね。そう言って私を抱き寄せる宏之。
ああ、わたしはこんなにも幸せだ。
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