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五月ももうすぐ終わる。けど、夜でも少し冷えるし、薄手のカーディガンは手放せない。日中でも焼けるのが嫌で夏服の上からカーディガンは羽織ってんだけどね。
「あ〜、疲れた」
誰にもいない道で小言のようにそう呟く。
今日は岸本さんが休みだったので癒しが無かった残念。ま、そろそろ初給料日だし不満は言うまい。
片手にバイト先で買ったアイスココアを飲みながら歩いていると、背後からブロロロ…と低い音が聞こえる。その音は徐々に近付いてき、何だと完全に振り返る前にパッと明るいライトに照らされ思わず目を眇めた。
「えっ、智久さん?」
見覚えのあるバイク、それは智久さんの愛車で。バイクは近付いてくると横止めし、ヘルメットを外した。──やっぱり、俺の愛しい恋人である智久さんだった。
でも、今日は会う約束はしていない。
「ど、どうしたの」
恋人の登場に驚きつつ尋ねる。智久さんはぎゅっとヘルメットを掴んだまま俯いていて、何かあったのかと心配した。
「………た…」
「え? 何て」
「会いたかった……!」
絞り出すような悲痛な声でそんなことを言うもんだから、俺は一瞬反応が遅れて。智久さんがヘルメットを地面に落とし、勢いよく抱きついてくるまで動けなかった。
「智久さ……んっ」
今度は唇に柔らかく温かい熱が当てられる。体勢を崩しそうになったが、なんとか体を支え、目の前の恋人の一生懸命なキスに応えるべく角度をずらす。より密着し、キスをする姿は側から見れば離れ離れの恋人がついに再開したかのよう。
あ、そういえば一カ月くらい会ってなかったんだな。としみじみと思い出す。
智久さんのことを忘れていたわけではない。ただ智久さんとはもう長い付き合いだから、離れていても不思議とずっと側にいる気がしていた。でも、こんな風にバイクを飛ばしてまで会いにきてくれた恋人をみると、彼氏として寂しい思いをさせてしまったと不甲斐なく感じる。
「…は、……咲舞…」
「ごめんね」
唇を離し、本当に申し訳なく言えば智久さんは少しだけ目を見開き俯いてしまった。「寂しかった?」と聞くと、キュッと弱々しくカーディガンを掴み、俯いた智久さんはこくん、と頷いた。それだけで俺は堪らない気持ちになって、強く智久さんの体を抱きしめる。
「本当にごめん。でも、智久さんから俺に会いにきてくれて嬉しい」
思ったことを素直に口にすると、腕の中で智久さんの身体が小さく跳ねた。何か言いたそうに口を開閉させると、ボソリボソリと言葉を紡いでいく。
「俺の方、こそ…仕事で忙しいから会えないって言ってたのは、俺なのに……ず、ずっと会えなくて…寂しくて…気付いたら咲舞のバイト先まで。みっともないだろ…俺、咲舞よりずっと大人なのに…こんな…。だけど…た、頼む、咲舞…俺を嫌わ」
「智久さん」
これ以上、言わせるわけにはいかない。人差し指を智久さんの唇を押し当てた。
はっとして口を噤んだ智久さんに、落ち着かせるように微笑む。
「今日は智久さんといたい。だめ?」
明日ももちろん学校はあるけれど、こんな状態の恋人をほっとけるような男は男じゃない。
けれど、智久さんを優先するあまり周りを見ていなかった。俺と智久さんが煌びやかな繁華街に消えていく姿を誰かに見られていたなんて──俺はその時まったく気付かないでいた。
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