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逃亡
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からからに乾いた口を潤すように、ごくりと喉仏を上下させる。
「……嘘だろ」
頭がガンガンと痛む。こめかみを抑えて、ゆっくりと瞼を開き、自分の潜り込んでいるベッドの隣を見た。
「……なんでだよ」
とりあえず、落ち着こう。
状況の整理が必要な事態だ、えっとつまり?俺は?
俺は、木ノ下いう苗字の家系に生まれておいて、愛と書いてアイと読む女子力全開の名前を付けられた。それは今から18年ほど前の話だけど、もし過去に戻れて生まれたての俺が喋れたら「どうしてこんなに、哀しくなる名前を名付けたの」って責めると思う。
そう、哀しくなるんだ。
俺の名前は、俺が生まれる二時間前に生まれた隣人…幼馴染と対になるように付けられたものだから。
俺はその幼馴染がすきだったから。
俺はその幼馴染に依存していたから。
俺はその幼馴染を逃がしてあげたから。
一緒に上京しようね、なんて、高校生の約束はあまりにも無責任。俺はそれを放棄した。二人暮らしに乗り気じゃなかった恋に無理をいって一緒に暮らす夢を作って我武者羅に受験勉強までして、そこまでしても、俺は最後に「恋を手放す」決意をした。
好きな人が俺を好きじゃない時間を、これ以上見ていられなかっただけかもしれない。
恋を自由にしてあげる、なんていうのは嘘じゃない。そんな恩着せがましい理由をつけてでも、離れなきゃいけないと、思った。
それから、恋を東京に送り出して…俺は。…俺は一人で生きている。
まだ肌寒かった春の匂い、俺にとって初めて、恋のいない春になった。
恋のいない生活はバカみたいに退屈で、バカみたいに視界は色褪せて見えて、せっかく受かった難関名門大学も即休学届けなんてものを出して、ふらっと家を出た。
恋との思い出の詰まった並愛街で、自分一人で地に立つのは、あまりにも苦しかったから。
並愛を出た。どこにいけばいいかわからないまま、並愛を出て、とくに意味もなく、大阪という地を選んだ。恋のいる東京に行く勇気は…まだ、ない。
小さいマンションを借りて一人暮らしを始めた。テキトーにBARで働いて、顔だけはいいもんだから客引きにいいとかって、人と喋るのは苦手なのにホールに回されたりして。そしたら店にきてた客がスカウトマンで、ホストにスカウトされて。まだ未成年だっていってんのに、未成年なんていくらでもいるから!…って、強引にホストで働かされて。まあ、お金になるから別に。構わないけれど。
別に、構わないけれど。
今、この状態はなにも別に構わなくない。
ここは紛れもなく俺の部屋で、ここに人をいれたことはない。なのに今、隣で深い眠りについてる金髪頭が見える。しかも男、服は着てない、俺はこの人を知ってる。同じホストクラブで働いてる、ナンバースリーの人気者だ。俺の教育係についてくれた、城下千弘くん。20歳。その名前が本名なのか、その年齢が本当なのか、それすらよくわからない人。
へらりとなんでも、お得意の笑顔で交わして、ミステリアスだけど近寄りやすい、ずるい性格の持ち主。
そんな人がなぜ。
俺のベットで寝てんのか。
昨日なにがあったっけ、俺はなんでこんなに頭が痛いんだっけ、城下くんはどういう理由で服着てないんだっけ。っていうか俺ももしかしてだけど服着てないんじゃないの?
なんなの?意味わかんないけど、意味わかんないわけじゃない、意味わかりたくないだけ。そろりと布団の中を確認して、思わず笑ってしまった。
「ゴム着けっぱかよ。」
無論、ちんこは萎んでるわけだからそれなりに外れかけではあるけど、それでも引っかかってるそれをズルッと引き剥がして、テキトーに縛ってゴミ箱に投げ捨てた。ありえないよね普通ゴムは外して寝るよね、ていうかさっきのあれ、精液入ってなかったよね。射精してないってこと?どういうこと?ていうか俺城下くんとエッチしたってこと?俺が?
この、まだまだ未練がましい俺が?
恋以外の人と!?
ガリガリ、頭を掻きむしって、もう一度布団に潜り込んだ。
「………ふはっ、やばいよ愛くん、俺もう耐えられない!」
「…は?起きてたんですか。」
「起きてた起きてたー、ゴム投げ捨てるあたりからー。おはよ〜」
「おはようございます。ていうか起きてるんだったら声かけてくれよ…取り敢えず二度寝しとこうかと思ったのに。」
「だーから!今声かけたんじゃーん?そんなピリピリしないで。仲良くしよーよ、同じ関東から関西に降りてきた者同士さー。お友達になれるって俺たち」
にへーっと笑う、城下くん。鎖骨まで伸ばされた金色の髪が、日の光に当たって白く光っている。
「セックスしましたっけ。」
「しましたね〜。」
「ダメじゃん。お友達。」
はっ、と鼻で笑ってみせると、城下くんは目を細めて笑って見せる。なんだか見透かされたような気がする。子供だねと言われているような気がする。そんな表情だった。
「なんでダメなの?」
「だって、セックスしちゃったら恋人だろ。」
俺は当然のことを言ったはずなのに、城下くんは何故か爆笑している。なあ、何で笑うんだよ。むかつくオトコだなぁ。
セックスをするかしないかで、恋人か友達かを分ける理由にはなる。俺と恋がまさしくそうだった。
完全に恋愛として恋をすきだった俺と、完全に友人の延長線上として俺をすきだった恋。
交わることない気持ちを、交わっていると錯覚させたのは性欲だけだった。シてしまったんだから好きなんだ、と、恋はきっと思ってたと思うし、シてもいいって言ってくれるんだから恋も俺を恋人として好きなんだと、…疑わなかった。
だからセックスをしてしまったら、もう友達ではない。
俺はそう思うのに、城下くんは腹を抱えて笑ってる。時々むせ返るほど、笑ってる。
「なにがそんなに可笑しいんですか。」
「いや!おかしいでしょ!純粋なの?かわいーね、愛くん。」
「…はあ。どうして?」
「セックスフレンドって知らないの?セックスをするだけの友達。」
「知ってますけど、それはセフレっていうジャンルでしょ。」
「うん、でもセフレは、友達だよねぇ?」
いやだ、この人。
綺麗な顔でなんとなく、人の柔らかいところに触れてくる。
「俺たち、さびしんぼじゃん。…なろうよ、セックスフレンド」
「…………寝不足で頭狂ってんじゃないですか。もう一回どうぞ寝てください。」
「やだ?」
「遠慮します。」
「あはは〜昨日あんなに、恋、恋、って俺を違う人に見立てて掻き抱いたくせに、容赦ないなぁ」
ズキッ、と、こめかみが痛む。
容赦ないのはどっちだ。アンタだ。
睨むように城下くんに視線をやると、城下くんは髪をかきあげながらゆっくりと、もう一度、俺に言ってのけた。
「都合のいい関係でいいでしょー?名前なんて要らないからさ。」
俺はこの人をよく知らない。
仕事先の、ナンバースリー。俺より遥かに稼いでいて、俺より遥かに地位があって、俺より遥かに、だらし無い。それだけしか知らない。
「遠慮しますって。」
「あははは、ガード固いねぇ〜」
へらへらへらへら、その表情の裏側に何が潜んでるかわからない人間を、警戒するのは当たり前だろ。
もう、子供じゃないからね。
セックスだってするしお酒だって飲むし、でも俺はタバコは吸わないよ。
もう、子供じゃないからね。
大人でも、ないけどね。
大人っぽい関係、憧れないわけじゃないけれど。
初恋が、色褪せない。
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