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欠落
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セックスをすることに性欲以上の何かを見出すには、大概な努力をしなければムリ。
性欲以上の何かって、つまりそれは愛だの恋だのそういうアレで、そういうアレはナシにしたい。だけど愛されたいって矛盾だね。わかってるよ、そんなこと。
抱かれた翌日に、同じベッドに誰かが一緒にいるのは珍しい。
だいたい抱いてもらう前にお金は払うし?目が覚めたらシーツが冷たい、なんてザラ。そんなことにはもう慣れたし、一夜限りなら一夜限りで構わない。俺は多分、どこかおかしい。歪んでるとは思う。安売りしてるカラダが軋んでも、これをやめることが出来ない。
「はぁ…………。」
「でっかいため息ですね。起きました?」
「……!?え、愛くん!?なんで!?」
一夜限り、遊んだ次の日独特の虚無感と後悔に浸ったため息を聞かれた。何故か、仕事先の後輩に。あれ、おかしいな、昨日は俺、ハッテン場で名前も知らない顔もうろ覚えの男を捕まえたはずだったんだけど?あれ、あれー?ていうか、よく見たらここ、ホテルじゃなくない?
「俺、昨日……キミとセックスしたっけー?」
「まさか。…やっぱりな。覚えてねぇと思った。昨日明け方に泥酔して電話かけてきて?俺の家まで押しかけて玄関で寝たのは?誰ですかー?」
「えぇぇ…………????」
なにそれ、知らない。
そんな俺知らないけれど、確かに昨日…男に声かけて、そのあとホテルいって、一発ヤって…んでなんか、相性悪くて、泊まるつもりがソッコー出たんだっけ…?ヤケクソになって呑みまくったかもしれない。呑みまくった気がする。そうだ、それから、…記憶がない。
「………昨日は、ご迷惑をおかけしまして。」
「ええ、ほんとに。…で、どうなんですか。体調は。」
「え?…ん、まあ、ちょっと頭痛いぐらい?」
「そうですか。んじゃご飯食えますね。俺お粥しかつくれないんですけどお粥作ったんで、たべます?」
「た、食べ!ます!」
バッ、と起き上がって、愛くんが作ってくれたお粥を食べる。お粥しかつくれないって、すごい生活力の無さ。いや、18やそこらじゃそんなもんか。…18、か。
口の中、熱いなぁ。お粥、全く味がしないけど、だけど俺は嬉しくて。ちょっと泣きそうになっていた。
「城下くん、今日俺がオフじゃなかったら怒ってたところなんだけど、オフだからここに居てもいいですよ。」
愛くんが、頬杖をついて俺がお粥を食べてるところをじっと見つめながら、普段のクールさからは想像できない言葉をかけてきた。
「はは、なんの風の吹き回しー?意外だねぇ。」
「なんの、って。…貴方、愛されたいんじゃないんですか?」
ドキッ、とした。
からん、とプラスチックのスプーンを皿の上に落としてしまった。慌てて愛くんの方を見ると、愛くんはいつもとなんら変わらない、恐ろしくなるほど綺麗で整ってる顔がそこにあるだけだった。
「なんか、だんだん分かってきたかも。城下くんのこと。」
「………何をいってんだか。なんの同情?俺、昨日そんなことまで口走ったの?忘れていいよー?」
「ただの寝言でしたよ。でも、忘れたいけど、忘れられないことってないですか?」
「……、あるねぇ」
「俺も、忘れられないんですよ。世界一好きな人、忘れられないんです。」
「…不毛すぎるよ。」
「セフレ希望してくるような人に言われたくないし。」
お粥を、口に運ぶ。
さも、君の恋愛なんて興味ないですよ、といった顔をして。
木ノ下愛という人間は不思議で恐ろしい。
俺がはじめて愛くんを見つけたのは、春が始まる少し前のことだった。
俺の通っていた虹学のある街に、用があって出向いていた日。駅のホームで、崩れ落ちた人を見た。
あまりにも、痛そうに泣いているものだから、その姿をみて背骨が冷たくなっていく感覚に陥った。
陶器の様な肌、絹のような髪、細く滑らかな輪郭に、彫りの深いパーツ。長い睫毛、形のいい唇、人を射止める、瞳。頭の先から爪先まで、どの角度から見ても綺麗で、まるで作り物みたいな容姿をした愛くんが、同じ人間に見えない愛くんが、小さい駅の端っこで、何かに潰されていた。泣いていた、泣いて、いた。
周りの人はみな、そんな愛くんを見て見ぬふりをしていたけれど、俺はどうしてもその場から離れることができなくて、声をかけることはしなかったけれど、愛くんが立ち上がるまで呆然と、その姿を目に焼き付けた。きっともう、二度と会うことのない人なのに、綺麗で。綺麗だと思ってしまって。
そこで終わりだと思っていたのに、大阪という地でもう一度再会したときは本当に驚いた。ただ、俺が一方的に知ってるだけだったから、ちゃんと「はじめまして」と挨拶はしたけれど。ホームで見た姿よりもずっと、心が死んでしまった人形のように見えて、ぞくりとした。
その完璧な容姿を鼻にかけていれば、まだ人間らしかったのに。
見た目から想像できないようなキツイ言葉遣いに、乱暴な行動。まるで、自我を貰ったばかりのロボットみたいだと思った。
愛くんには、心がない。
いつもどこか上の空。ハイ、イイエはできるのに、そこに何故?と突っ込むと答えられない。彼は、埋め込まれた常識から外れないように返答をしているだけに過ぎない。自分の考えというものが、乏しい。
俺と、似ているようで、似ていない。似ていないようで、似ている。
あまりにも整った容姿に、誰もが愛くんを「自分と違う崇拝するべき対象」として接する。俺は何故か、そうできなかった。
なんでも適当にしていたら、なんでも適当なものしか返ってこない。
俺を見てほしい。そんな感情の強い俺が、愛くんに構ってもらいたくて。心の柔らかいところ、つついてみたりして。ちょっかいかけて、職場の先輩として仲良くなれるように近づいて、彼の内側が見てみたかった。
秘密を共有したら、人と人の距離が近くなるのは何故だろうね。
それはきっと共感でも同情でも理解でもなくて、きっと脅迫と同じ類の恐怖だけど、それでも。そうでもしないと繋がれないのが人間なのかもしれないから。秘密を武器にしないと、誰とも心をかわせないから。
なのに、俺と君は互いに秘密を持っていても、手の内はほんの少ししか見せないね。
俺は君を、直感的に愛していると思うのに、
これが恋ではないことだけはしっかりと分かるの。
ただ、そう、なんだろう。
自分を見ている気分で、愛してあげなければ 死んでしまう生き物に、見えて。
同情。
…なんて、余計だよなぁ〜。
「普通に聞きたいんですけど、あの日、俺たち本当にセックスしたんですか?」
突然に、いやに真剣な愛くんの目、俺はお粥を咀嚼する。
「どうだと思うー?」
「してないと思いますけど。」
「でも裸で寝てたよね〜。君はゴムまで着けてたし」
「でも射精してなかったですよね。」
「ははっ、……ははは!なぁに?必死じゃん、無実になりたいのー?」
「そうですよ。だって覚えてないなんて、城下くんにも恋…いや、好きな人にも、俺にも申し訳ないし。」
それらしい返答。
誠実な人が過ちを肯定しながら否定するときのテンプレ。まるで相手を気遣ってるようで自分を守りたいだけの言い訳。
そんな必死な目でみないでよ。
罪悪感?ちがうでしょ。
認めたくないだけだ、君が誰かを好きでいないといけない人間だから。
それを奪えば本当に、なにも無くなってしまうから。
「…あの日、君はとっても酔っ払ってました。途中までシようとしたけれど、君は俺を抱けなかった。泣くのは趣味?困っちゃった。」
答えならいくらでもあげる。君が安心するような答えを、いくらでもあげるから。ほら、急に安堵したような顔になった。わかりやすいね、わかっちゃうね、だってもし俺が君だったら、きっと同じ反応をするだろうから。
「城下くんとシてなくてよかった。」
「あは、それはそれで傷つくなぁ」
「俺、城下くんに甘えたいから。…セックスしちゃったら、きっとまた依存しちゃうし。」
「愛くんは、昔から口がうまかったの?」
「いや、全然。」
「そっか、変なの。昔から口が上手い人みたいな返し方をするんだねぇ」
「そう思うなら、きっと城下くんのせいですよ。俺、城下くんの受け答え真似してるから。」
綺麗な顔が。少し歪んだ。
「城下くんとなら、同じ人間になれそうだ。」
味のないお粥。10回噛めばもう喉を過ぎていく。君は馬鹿だ。残酷で仕方なくて、危うい。
俺と同じ人間になって、君はどうするつもりなの?
それに一体、何の意味があるのかなぁ?
「ん〜、ふふ。…愛くん、本当に俺と同じ人間になってみる?」
俺は答えを知っている。彼の選択が間違っていることを知っている。だけどずるいから。愛くんよりは大人だから、自分の欲望を優先しようとして、こんな甘い言葉をかける。
「どういうことですか?城下くんは比喩が多くて、言葉の意味がよくわからないんだけど。」
「わざとだよ〜。一緒に暮らそっか、そしたら生活も言葉もなにもかも、きっと同じになれるよ。そしたら、君は、『木ノ下愛』をやめれるよ。俺はひとり暮らしにも飽きてきたし、楽しいことなら万々歳だしー?」
一人になりたくない。
依存でもなんでもいいから、誰かの側にいたい。曖昧な関係、都合のいい関係。名前のない関係。求めてるのは俺の方。
君を都合よく使いたいのは、俺の方。
可哀想にね。
君も俺も、補えないところばかりが欠如して、無意味なことに時間を浪費していく。
それでも君がうん、というなら、きっと俺は笑って迎え入れるだろう。
同じ人間になる?はは、あーあ。
馬鹿らし。
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