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ぎごちなさ
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それは午後5時頃の事であったか。
突然電話が、今度の今度は桐嶋さんからかかってきたのだ。
「…なんで……?」
布団の中で軽くまどろんでいた俺は、
枕元で鳴り響くケータイを探り当て、『桐嶋さん』の表示をしばらくぼんやり眺めた後、
大事な用件だったら困ると思い、かなりためらった上で通話を繋げた。
「…もしもし…桜庭です」
『知ってる。……今、何してんだよ』
あの明海さんの電話の後だから不安もあったし、
どういう内容なのかわからないが、
何かしら怒られると思っていた。
だから、
桐嶋さんのいくらか落ち着いた声を聞かると、少しだけほっとした。
(……でも、どんな態度取ればいいんだろ…)
ゆっくりと寝返りを打ち、
ケータイを持ちやすい体制を見つけながら話す。
「…寝てます。布団です。」
『熱は下がったのか』
「…ぃ、いえ…
でもほんと、大丈夫ですから」
本当は大丈夫じゃない。
熱だって、頭痛だって気分の悪さだって、昨日より更に悪化してる。
でもそんなこと今この人には言えないし、
原因が昼に流し込んだ酒だろうことなんて、もっと言えなかった。
それに… 何でだろ。
昨晩の事について触れようと出来ない。
謝りたいのに、どうしても躊躇してしまう。
桐嶋さんと話すのが怖くて、
普通の会話ですらつい声が震えるのだ。
『…そ、か』
それは向こうも同じらしい。
用もなく電話を入れたわけじゃないだろうけど、敢えて口火を切ることはしない。
しばしの沈黙に耐え切れず、
俺はとうとう別の話を持ち出してしまった。
「…桐嶋さん。
こんな微妙な時間なのに、俺に電話なんかしちゃって大丈夫なんですか?」
うわー…なんか微妙な感じだな。
いつものようなやり取りが難しくて、つい高圧的な言い方になってしまった。
…これだから俺は生意気な部下と思われがちなのだ。
『別にいい。今日は比較的仕事が楽なんだよ。…お前が居たって居なくたって、さほど変わりはねぇな』
向こうからも、乾いた笑いと嫌味が返ってくる。
こんなはずじゃないのに、
話せば話すほど、俺達の雰囲気は少しずつまた悪くなる。
俺は慌てて、言葉を補うようにして言った。
「違うんです…!
俺は嬉しいんです。
もう喋ってもらえないと思ってましたから…」
そう声をかけても、桐嶋さんは黙ったまま。
彼は許したわけではないということだ。
しばらくして、桐嶋さんは思い出したように言った。
『明海友梨から色々言われたぞ。
…言われた事は良く覚えてねぇけど。
お前、あの女と電話したのか』
何故フルネーム…
明海さん、一体何喋ったんだろ。
言い振りから見て、どうやら彼女も桐嶋さんにあまり良くは思われてないようだが。
俺は思わず苦笑いを浮かべた。
(…それに。
桐嶋さん、嘘ついてる)
俺と違って、この人は誤魔化す事や嘘が苦手だ。
だからちょっとした隠し事もすぐわかる。
もし今目の前に桐嶋さんが居たのなら、顔や仕草を見てもっとすぐ見抜けるだろう。
覚えてないなんてのは嘘で、
この人は、
本当は明海さんに言われたことを酷く気にしているように伺える。
つまりこの電話のきっかけも彼女であり、それ程の打撃を受けたわけだ。
…一体どんな手を使ったのかと、彼女に脅威を感じる程である。
「はい、昼に少し。
それで、どうして桐嶋さんは俺に電話を…?」
『…いやだから…心配してんだよ。
…………明海が。
いつまでも下らない事で塞ぎ込んでるくらいなら、さっさと会社に来い』
桐嶋さんの口調は極めて厳しく、まるで自分は全く関係ないかのような言い方だ。
俺はムッと口を尖らせた。
「く、下らないことって…!」
抗議しかけてから、ぐっと口を噤んで堪えた。
…駄目だ。
ここでまた喧嘩になるのは、絶対に駄目だ。
それじゃ何も変わらない。
俺はケータイを握りしめ、深呼吸した。
あの桐嶋さんが、向こうから「昨日は帰って悪かった」なんて言い出す義理も、言うはずもない。
だったら今ここで、俺が謝らなきゃ。
もうそこまで怒ってないのは何となく伝わってくる。
今なら許してくれるかもしれない。
元に戻れるかもしれない。
「…桐嶋さん!」
『なっ、なんだよ』
僅かな期待を胸に、
俺は再び口を開いた。
「あの…俺…
昨日は、本当にッーーーー…」
…その時だった。
ゴトッと音を立てて、構えていたケータイは手から転げ落ちていった。
『おい…桜庭?』
「ぁ…桐嶋、さ…」
たらたらと汗が流れて、悪寒と吐き気に襲われた。
ふらつく足元。視界はぐにゃりと歪む。
頭が朦朧として、部屋の中すら見渡せない。
(うそ、何これ……
気持ち悪…)
パニックになりながら、
浅く繰り返す自分の呼吸だけが近くに聞こえた。
『桜庭…おい、桜庭?!』
桐嶋さんが名前を呼ぶ声は、
いつしか遠くの方へ消えていってしまった。
ドサッ…
その後すぐに、
冷たい床へと強く身体を打ち付けられて、
俺の意識は完全に途絶えた。
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