アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
誰よりも怖くて、誰よりも優しい
-
頭痛と薬品の慣れない臭いに目覚めると、
俺の右腕からは点滴用の管が伸びていた。
この時点で早くも察したのは、
ここが病院だってことだった。
(あれ…俺、どうしたんだっけ…)
頭を強く打っているようだ。
考えるとジンジンとした痛みが響いた。
最後に桐嶋さんと電話で話した辺りで記憶が途切れており、状況が良く掴めないのだ。
おまけに言うと気分も悪い。
きっと今の俺の顔は、いつか鏡で見た時よりも酷い事になっているだろう。
俺は何度か瞬きをして、
カーテンから漏れる柔らかい日差しに目を細めた。
(もう朝だ…会社は?
あの後、桐嶋さんは……どうしたんだっけ)
ぼんやりと質素な病室の天井を眺めていると、
突然何者かに頭をスパンと叩かれた。
「あいたっ」
「…やっとお目覚めか。
うっわ、すげー顔色。キモ」
黒髪短髪、俺よりずっと健康そうな顔をした男が、にやりとこちらを見て笑う。
のぞき込まれて、やっと誰かわかった。
と同時に、驚いてベッドから転げ落ちる所だった。
「…桐嶋さん?!
な、なんでここにッ?!」
「るせー病人」
思わずガバッと起き上がった俺の額に、今度は容赦なくデコピンをかましてくる。
そして、
いつもの不機嫌な睨みをきかせつつ、皮肉たっぷりに言った。
「急性アルコール中毒の軽い症状、並びに風邪の悪化… …
1日で退院おめでとう」
・
・
・
マ…マジで…
桐嶋さんの話によると、
昨日の夕方5時頃…
桐嶋さんとの電話の最中に意識を失った俺は、至急病院へ運ばれたのだそうだ。
症状が酷ければ最悪死に至る可能性もあり、かなり危ない状態だったらしい。
あまりの衝撃に固まる事しかできない。
嘘だ…アル中って事はお酒だろ?
確かに何缶かあおった覚えはあるけど、
俺そんなに飲んでないって。(飲みました)
第一酔っ払ってすらないって。(ベロベロでした)
かっこ悪い入院の仕方はともかく、
俺はそれよりも気になった事を、おそるおそる尋ねてみた。
「それじゃ…桐嶋さんが俺をここに?」
その言葉に、この人はジトッと恨めしそうな目を向けた。
つまり、肯定の意を示してる。
「ま…正確には俺が呼んだ救急車だけどな。
つーか熱出しといて何やけ酒してんだよ、馬鹿じゃねぇの。
…突然ぶっ倒れるから、てっきりお陀仏したのかと思ったわ」
縁起でもない事を言って呆れ笑いを浮かべているが、
ベッドの近くにある椅子と毛布を見る限り、彼は一晩中付き添って居てくれたようなのだ。
その暖かみには甘んじつつ、
俺はまたもやこの上ない自己嫌悪に陥った。
「す、すいません…
またこんな迷惑かけて…」
ああ、またこの感じに病まされるんだ。
どうしよう、いやどうしようもないって、
そればっかり。
これ以上嫌われたくも、呆れられたくもなかったのに…
ちゃんと謝ることすらままならなかった。
俺は、ただの使えない部下に戻るどころか、更に彼の足を引っ張る存在となってしまったのだ。
惨めさに涙が込み上げ、
じわりと熱く溢れたものが、情けなくぼろぼろと頬を伝った。
「……お前…」
俯いて目元を擦っている俺に、
桐嶋さんは、
怒鳴るでも慰めるでもなく、またパシッと頭をはたいてきた。
「こんな所でもめそめそしてんじゃねぇ泣き虫が。
……そうやって俺の事で塞ぎ込まれる方が、よっぽど迷惑なんだよ」
言葉はきついが、どことなく優しい声に、
涙を見られるのも気にせず顔を上げる。
「だ、だって俺、
桐嶋さんに愛想尽かされちゃったし…部下だから仕方なく此処に居るんですよね…
だから、すいません……嫌な思いさせて。
すいません… …」
布団を強く握りしめ、また俯き加減に頭を伏せる。
そんな俺に、桐嶋さんは酷く焦れったそうな顔をして、椅子の毛布を手に取った。
そして片手で俺の両頬をがしっと掴んできた。
「愛想尽かした奴が、わざわざここに来て、
お前の為にこんなことするのか?
助けたい気もねぇやつに手を貸すなんて…少なくとも、俺は御免だ。
呼吸が浅いから、本当に死んじまうんじゃないかとか、考え出したら眠れもしねぇし…ッ
ほんと……ほんと、大変だったんだからな!!
…この俺があんなに心配してやったんだ……
謝ってねぇで、ちゃんと感謝しろッ!!!!」
荒いだ声が病室に響く。
言い切ってから、桐嶋さんはかなり複雑な表情をしていた。
その目がうっすらと潤んでいるように思えるのは、俺の視界が鈍っているせいだろうか。
(それとも…本当に俺が心配だったのだろうか)
激しい怒声の後、桐嶋さんは軽く息をついて、
またじっと俺を見据えた。
「……ほら。
全部踏まえた上で、俺に言うことはなんだ」
照れくさそうに、でもしっかりとこちらに顔を向けてくれる。
その頃には、
俺が涙を流す意図は、完全に変わっていた。
伝う涙を絶やさないまま、
どろどろの情けない顔で、震える口元で…
「……ぁ…
ありがどう、ございまず……っ」
今出来る、精一杯の感謝の気持ちを伝えた。
「ははっ…
どういたしまして」
これまで見た中で一番眩しい笑顔を振る舞い、
「ほんとどうしようもねぇな」と困ったように笑う桐嶋さん。
ぐしゃぐしゃと髪を撫で付けてくる手は、固くて大きくて、とても優しかった。
俺はその男らしくて暖か過ぎる厚情に甘えて、
しばらくの間、明るみ出している早朝の病室で、
子供のようにわんわんと泣いていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
61 / 180