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再び
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「い、い、息が詰まる日だった…」
決算資料の最後の見積書を提出し、
7時半にして、桜庭樹本日の業務は終了を迎えた。
(あああ肩こり凄い疲れただるい今すぐ帰りたい…)
ドサッと散らかったデスクに突っ伏すると、ファイルやら何やらで周りからこの姿が遮断される。
それが今は何よりも幸せだった。
「なに~? あの熱愛報道のせい?
1日中女の子にヒソヒソ言われてたからねぇぇ」
そんな俺をつんつんつつきながら楽しそうに笑う明海さんだが、
こっちは楽しいなんてもんじゃない。
───そう。
桐嶋さんと若干だけ聞いたあの謎の噂には、思った以上に凄まじい浸透性があり…
俺は日中、社の女子という女子から奇異の目で見られ続けた。
中には奇異の目というかは興味津々な方もおられたが。
唯一その点安心できるのはこの明海さんであるわけだけど、
彼女も知ってるだけに気を遣う事が多く、それなりに窮屈な1日だったと思う。……多分。
「…あの人が社内公言を全力で阻止してくる気持ちがわかった…」
今ですら耐えられないのに、
これで「はい俺ら実は付き合ってます」なんてカミングアウトしてみろ、大騒動が怒るぞ。
…はっきり言って、キツイ!!!!
どんな強靱的なメンタルを持ってしても、きっとそれは同じだ。
「これに懲りたら屋上でいちゃつかないことだね」
小声で訴えてくる明海さん。
大きな目が悪戯っぽく細められて、俺は今更ながら盛大に赤面した。
「……や、やっぱ原因それかよ…」
昼休憩に確かに屋上で桐嶋さんと喋った。
キスもした。
あんなわずか数分の流れを、誰かに見られていたというのか…
「……あれ。
そういや…桐嶋さんは?」
俺がこんな精神的疲労を抱えてるとしたら、
桐嶋さんなんて重いノイローゼに陥っているのではないか。…
そう不安に思い顔を上げると、
普段なら黙々と仕事に取り組むかPC画面と睨み合っているその人がデスクに居ない。
それに、がらんとしたデスクは、どう見ても退社後の社員のものだった。
「あー…早めに上がってったよ?
今日はどっかの社長さんとサシ飲みだってよ。大変だねあの人も」
「そっか…」
そういえば、昼食中にそんな事も愚痴ってた気もする。
俺を置いて颯爽とオフィスから逃げ去って行ったんだと思うと、桐嶋さんらしい。
「お疲れ様…」
空のデスクに苦笑を浮かべる。
ここでは前々からのゲイ説を有力にされつつも、
あの他人の好かれようは何も社内のみには終わらないってことか。
「……今日は俺ももう上がるよ」
「はは、そうしなよ。
会社の子達には私が上手く言っといたげるから」
そう言って、「ほんと良く頑張ったね」と俺の背中を叩いてくれる。
面白がってはいつつ、結局は何やかんやで助けようとしてくれるんだよな。
それでこそ俺の女神様。
「じゃ、また明日」
「んーおつかれーぃ」
小さな手をひらひらと振る明海さん。
他社員には相変わらず怪しい対応を受けながら、
それでも俺は無事、
今日という長い1日を過ごし終えたのであった…
ーーーーーーーーーーーーーー
───は ず だ っ た。
(あー…晩御飯どうしよっかなぁ…)
日は長くなってきた近頃も、やはり7時半には空が濃紺だ。
駐車場の電灯が壊れてるからどうのって管理の人が言ってたが、そのせいか会社の周りはやたらと暗い。
おまけに今日は電車ときた。
最寄り駅まで歩くのすら億劫な今だ。
疲れきった俺は普段より猫背を酷くして歩いていた。
…会社を出て、左へまっすぐ、
して突き当たりの角を曲がる。
……と、丁度その時だったのだ。
事態が起因したのは。
「う、わっ!?」
数えるに一瞬のこと、
突然誰かに肩を掴まれ、グイッと引き寄せられる。
その力加減に驚かされると共に、
嗅いだことのある男物の香水の匂いが、
フッと鼻を掠めた気がした。
「よーぉ君が桜庭クンだよな?」
「だれ、だれ!! …何者ですか!!」
名前を知ってるってことは何か関係のある人だな。そうだろう、そうでいてくれ。
それでも怖いものは怖いから、
振り向くことも出来ず、情けなくも震え上がってしまう。
そんな俺に、背後の男はくつくつと笑いつつ、冗談っぽくおどけた口調で答えた。
「何者とかやべぇ、なにこの子…
物流部の成宮だけど~?」
な る み や ………?
尻の方から項にかけてまでの背筋一直線に、
ゾクゾクゾクッと寒気が駆け上がった。
「な、成宮って、
じゃ貴方が……」
物流部の成宮と言えば、
直接的に会ったことはないし、
正直なところ名前しか知らないし、おそらく向こうもその筈だ。
つまりはこれがほぼ初対面となるわけだ。
が…それでも、俺とこの人には、
たったひとつの理由で、他の誰より深い繋がりがある。
そんな風に思っていた。
「ぶ、物流の方が、
わざわざ俺に何の用ですか……」
まともに顔は見られないまま、下手なとぼけ方をする俺。
だってもうわかってるんだ、
この人が突然絡んできたってことはと、それは…
紛れもなく、
桐嶋さん関係のことなんだって。
「んな警戒しなくても、取って食いやしないっての」
そのあっけらかんとした軽い言い風が余計警戒を生むんだよ。
成宮と名乗る男は、
特にその躱し方に文句は入れず、ただ絶え間なく俺に威圧的な視線をそそぎ続けてくる。
目を逸らすのも限界だ。
この威圧感に負けた気がするのも気が悪い。
「も、離してくださいよッ…」
俺は肩の手を振りほどきつつ、
ここで初めて、成宮という男の顔を目の前に見た。
「ぅ、わぁ……」
俺より、桐嶋さんより身長が高い。
焼けた肌、あ癖のある茶髪に、
何より息を呑むほど整った顔。
まさしくイケメン。
そのイケメンのアーモンド形の目の中に映る俺がじっと見ているのもイケメン。
つまりはイケメン。
…俺は余計も余計に警戒した。
「成宮って、貴方が俺に、な、なん、なにをしに来たんでしょうか…!?」
「ふはっ。お前マジで反応面白ぇんだけど!
かんわいーぃの、
営業の子に噂は聞いてたけど、これが桐嶋の彼氏かよぉ」
頬をぷにぷに弄られつつ再度固まる俺。
あ、悪事千里を走るとはこのことか……!!
誰だこの人に噂を撒いたのは…!!
俺が桐嶋さんの相手だということは、
すでに成宮にもバレていたってわけだ。
「桐嶋さんなら、今日はもう居ませんからね」
「…ッ」
構わず睨み上げると、
酷く驚いた表情の後に、「わかってるっての…」と沈んだ声が聞こえる。
「……あの。ちょっと。
成宮、さん…」
突然黙り込む成宮。
慰めるべきでも立場でもない、寧ろ憎くて仕方ない相手が。
あんまり切ない様子を見せるから、どうにもいたたまれない気持ちになる。
「こ…今回のことは………その」
何か声を掛けようとすると、
その顔がパッとまた俺を捕らえた。
「…な、この後空いてる?
晩飯付き合ってくんね?」
「……へ、ぇ?
晩御飯?」
濃紺の空はまだ暗さを増す。
綺麗に浮き彫りになった白月の明かりを帯びて、
成宮の複雑な笑顔がまざまざと照らし出されていた。
「どうせ最初で最後だって。
……いいだろ?」
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