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成宮亮輝 2
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「悪ぃ悪ぃ、話し込んでたらすっかり遅くなっちったぁ~」
「いえ、今日はご馳走様でした」
久々だよ人と閉店間際まで居酒屋で食って飲んで喋ってしたのは。
この人に限っては店の引き戸で思い切りつまづいていたくらいだから、相当飲んだはずだ。
これは明日の仕事が心配だ、と頭を抑えつつ店を出ると、
出た先で成宮さんが思い出したようにこちらを振り返った。
「あそうだ!
忘れる前に…」
ガサガサと鞄をあさり、
封筒やらビニール袋を取り出して、俺に突きつける。
特に見覚えのない物を前に、俺は首を傾げた。
「もう俺には会いたくねぇだろうからさ…
これ、渡しといてくんね? もちろん桐嶋ね」
「あ…」
「前に借りた諭吉さん1人と…あと映画2本。
どっちも泣けたー。あいつ案外感動系好きなんだわ」
なるほど袋の中身はDVDが2枚、子犬と小ぎつねが出てくる感動系である。
・・・桐嶋さん、こんなの観るんだ。
貴方がここにいたなら今すぐ抱きしめたいよ俺は。
きっと仕事が忙しく劇場には足を運べないがゆえ、わざわざDVDとか買っちゃう人なんだろうけど……
「思い出しても泣ける映画だぁぁ…
くっそなんか涙出てきたぁ」
はっと我にかえると、
ふらふらとした危ない足取りで前を歩いて行く成宮さん。
店でわりと早いうちからわかったことだが、この人は酒が入るとえらく気の小さくなるタイプだった。
歩く合間「あいつ元気かなぁ…」という声と共に鼻をすする音が聞こえれば、
俺はもう若干だけ距離を取って歩くことにした。
「…………あの。えっと。成宮さん…」
突然沈黙に変わり、重くなる空気。
この人に桐嶋さんの事で落ち込まれると、どんな接し方をすればいいかわからない。
内心うろたえつつも声をかけると、成宮さんの背中がずんと丸められた。
「…ばっかやめろよ、気利かせた言葉探すの。
俺が惨めだろーがぁ…勝手に誘って酔っ払ってんだからさ」
笑いながらそう言いつつ、
ゴシゴシと目を擦る仕草が見える。
「……すいません」
ガサリとビニール袋を鞄に詰め込みながら、あの人はこれを渡すためだけに俺を誘ったんだろうなと思った。
そうすることで、
桐嶋さんへの想いを断ち切るために。
本当にもう、会うつもりはないんだろう。
「今日、桜庭クンに会えて良かったよ。
変な奴だったら絶対許さねーって思ったけど…
なんか、安心したわ」
こちらを振り向いた成宮さんは、
もうへらりとした笑みに変わっていた。
屈託のない笑顔で肩を組んできて、彼は続ける。
「ちょっと怖いけどいい子そうだし
聞き上手だし、酒は強いし、なんか可愛いし、
桐嶋にぴったりじゃん? な?」
「そ、そうかな…」
そんな風に褒められるのも久しぶりだった。
歯痒い気持ちで頬をかくと、
成宮さんは180を超える身長を屈め、
じっと俺の顔を覗き込んできた。
「でもまーあれだな、顔はちっと地味だな」
「なっ…」
「はいはい冗談冗談~」
俺の抗議を聞く前に、
肩にのしかかっていた腕がすっと離れていく。
電車接近のアナウンスが聞こえてきて、
駅に着いたのだとわかった。
「んじゃ、明日も早ぇから今夜は解散ってことで…」
ふと顔を上げた先の成宮さんの目が、
複雑そうに細められる。
「じゃねーわ…
最初で最後、だったな」
その瞬間、
俺はどうしようもなく胸が締め付けられて、これまでの憎しさとか、嫉妬とか、
最早そんな個人的なものには釣り合わない程の衝動が働いて、
俺は思い切って成宮さんの腕を掴んだ。
「あの、別に…!
一緒にご飯食べるくらい、これからも付き合いがあったって…良いんじゃないですかね…」
「はは、なに。浮気?」
勇気を出して言ってみたのにあっさり冗談で返されて、俺としてはムッとなった。
「違います!! でも…」
これきりにしなくたっていいじゃないか。
桐嶋さんだってもうそこまで怒ってないんだ。仕事で顔を合わす事もあるかも知れないし、
俺を通じて綻びを修復すればいいじゃないか。
そしてまた友達に戻ればいい…なんて俺の立場だから言えることなのか? 甘いのか?
だったら何も、
俺の前でそんな顔を見せなくたっていいじゃないか。
「俺、どうしたらいいんですかね…」
「だぁから下手な気ぃ遣うなって。
別に俺と飲んでくれる輩は他にも居るし?」
「そうじゃくて!
桐嶋さんの事ですよ。
こんな…こんな、喧嘩したまま最後にして良いんですか?」
冗談で誤魔化そうとするこの人に、
ストレートな言葉をビシリと突きつけてやった。
「あーもう、うるさいよお前…」
成宮さんは聞きたくないのか耳を塞いだが、やがて諦めたようなため息をついた。
「だって、この方が後腐れ無いじゃん。
桐嶋あいつ情に弱いとこあるし、腹立つ奴で終わった方が良くね?」
苦々しい顔ひとつせずに、
あまりにあっさりと言い放たれるもんだから、
思わず「それもそうですね」と返してしまいそうになる。
「で、でも…だって」
否定の言葉を探しつつ口を開こうとすると、
この人は察したようにまたやれやれとため息をついた。
「それも俺の優しさだろ、ありがたく受け取れよ。
つーか終電逃したらどうしてくれんの。
もうほんとに行くから…
じゃな!」
「ありがとうございました」も「さようなら」も言わせないまま、
踵を返した成宮さんは、颯爽と駅のホームを歩いて行く。
桐嶋さんからの借り物をしっかり俺に押し付けたその男は、
逃げるように俺の前から去って行ってしまった。
・
・
・
それから同じく終電に間に合った俺が、
車内で、押し付けられたビニール袋の中に、
『こんだけ応援してんだから式には呼べよ』という冗談の手紙を発見したのは、
その10分ほど後の話だった。
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