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死んでも負けたくない
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ポーカーにするかダウトにするか。
はたまたカシノか、ブラックジャックか。
トランプゲームなんて得意なものを挙げれば幾らでも出てくるが、
心理戦なら桐嶋さんも強いかもしれない。
営業力のタマモノだ。
ただこの人の難点といえば、
無表情を繕うのが下手というだけなのだ。
「なに真剣に考えてんだよ。
んなもん引いて取ってするやつでいいだろ」
「ばば抜きですか?」
確かに簡単は簡単だけど、
ばば抜きといえば、
場合により五分と経たないうちに勝負がつく。
いいのだろうか。
そんな危ういゲームを選んでしまって…
早くて後五分後には、
それこそ本物の忠犬にさせられてるかも。
あるいは俺が、桐嶋さんに跨っているかもしれないわけだぞ。
「さっきからそわそわと…
お前、ビビってんのか?」
悶々と考えているうちに、
桐嶋さんは俺から箱を奪い、ちゃっちゃとカードを取り分けてゆく。
昔は何人か集めて輪をつくってやるようなもんだったが、二人となると量も多い。
「いえ、そんなことありません」
配られる厚紙の山と桐嶋さんを等分に眺めつつ、
なんでこの人はこんなにも冷静にいられるのかと不思議に思った。
「何が楽しくてお前と二人でこんなことしてんだか。…お前ずるすんなよ、絶対すんなよ」
「ばば抜きでどうやってずるするんです。
二人じゃお互いのカードもわかるのに」
……前言撤回。
こっちが喋りかけてないのに対し、やたら口数が増えているところを見ると、
冷静とは言えない。
ビビってるのはこの人も同じというわけだ。
「揃いましたね。やりましょう」
「…おう」
謎に静まり返る部屋。妙な緊迫感。
とてもトランプを始める雰囲気じゃない。
俺はゴクリと喉を鳴らした。
持ち札がわかっている以上、
それこそ上手い駆け引きと相手を誘導する力が必要とする。
単純に見えて、なかなか難しい戦いになりそうだ。
「…お前、なんか多くね?」
両手にずらりと並べたカード。
実は今、俺の手持ちには、
数字が揃っていてもわざと捨てなかったカードが何組か並んでいる。
この人には「運がなかったんだな」程度に思われてるだろうが、これも対戦時間を延ばすための立派な策略なのだ。
ゲームはすでに始まっているんだよ、桐嶋さん。
「そっちは少ないですね。
ふふ…でもそう簡単には終わらせませんよ…」
「うぜ…もう取っていいか」
順番を決めるまでもなく先に桐嶋さんが俺のカードに札束へ手を出した。
てきとうに引こうとして、一瞬こちらを見上げた目と目が合う。
「なんですか?」
「別に」
にっこりと笑みを貼り付けながら、俺は手札を確認する。
はじめにジョーカーを持ったのはこちらで、その状況はまだ変わってない。
「ほら、どれでも引けよ」
自分の番が来ると、
桐嶋さんは手札を広げて余裕の顔である。
まぁそうだよな。ジョーカーは俺のとこだし…まだ始めたし。
そう思いつつもじっと顔を覗いていると、
桐嶋さんは居心地悪そうに目を逸らした。
「じろじろ見んな。どれ引かれても一緒だって」
見られるの苦手だよな、この人…
後でジョーカーが回った時気をつけろよ。
と、かくいう俺も真剣そのものだ。
負けたくない負けるのが怖い、それに不利なのは今こっちなんだし…
勝負初っ端から、そんな雑念が思考を鈍らせているのだ。
「じゃ…これ」
「なら俺はこれで」
「えっ?」
俺が引いてから間髪入れず、
桐嶋さんがこちらのカードを何の迷いもなく取り去っていった。
…待ってくれ。何この人。
もうちょっと考えてから引いた方が良くね?
俺の目を見るなりなんなりさ。
慎重派の俺とはえらい違いだ。
「はは、残念。
ジョーカーじゃなかったわ」
そう言ってにやにやと笑みを浮かべながら、数字の揃ったカードを捨てる。
何でそう、わかっていたような顔をするんだ。
こっちとしては、軽く混乱状態だ。
「次は引きますよ、きっと」
「いや引かねぇよ、次も。その次も」
しれっと返す桐嶋さんに、
俺の混乱はさらなるものへと変わった。
その後に「まぁただの勘だけどな」なんて言われて笑われた時には、
何者だこの人は、と改めて恐れを抱いたものだ。
「ひ、かせます……絶対」
「おうそのいきだ、せいぜい頑張れ」
・・・
本当に運の良さ、勘の良さなのか、
桐嶋さんはいつまで経ってもジョーカーを引いてはくれなかった。
それどころか、
やはり俺の様子を確認するまでもなく、さっさとカードを奪っていくものだから、不思議でたまらない。
「それ取るんですか…」
「悪いか?
何ならこっちにしてやってもいいけど」
「…」
すべて見通したように伸ばされる手。
丁度ジョーカーだけを避けて、別のカードに指を触れる。
(なんでだクソ……)
桐嶋さんの手札は少なくなるばかりだ。
もう少しであがりかもしれない。
次の一手であがりかもしれない。
そんなこと考えただけで、
こちとら上がるのは心拍数だよ鬼上司。
「どうした、早く引けよ」
「…っ」
ひらひらと持ち札を掲げる余裕綽々の桐嶋さんに、俺はただ唇を噛むばかりだ。
「次…どうぞ」
なぜ、
この人が、
俺のジョーカーを引かないのか…
「──あ」
驚き目を見開いた俺に、
桐嶋さんの手が止まる。
まさかと顔を合わせる俺に、この人の目がさっと細められた。
…人は、
動揺し過ぎると、
時に、少し考えればわかるような単純なことに気がつかなくなったりするもんだ。
(もしかして俺、
すげぇ馬鹿なことしてたかも…)
桐嶋さんの緊張を帯びた表情と、
その視線の先にある自分の手札とを交互に見る。
なぜも何もない。
俺が始めからジョーカーばかりに囚われて、
番が来る度、
その一枚の位置しか動かしていないからじゃないか。
毎度同じカードの位置を変えていたならそれはジョーカーだと気づかれる他無いし、
他のカードには少し触れるだけで、
ただ決まった一枚しか動かさないんじゃ、当然交わされてしまう。
この人案外俺のこと観察してるんだな…
馬鹿にされていたのも納得だ。
「待ってください、
一旦仕切り直しです」
思い切って手札をぐちゃぐちゃにする俺に、
桐嶋さんがチッと小さく舌打ちしたのが聞こえた。
「ここからが本番ってことで」
「もう諦めてあがらせろよ馬鹿…」
俺が自分の失態に勘付いたが運のつき…
次にこの人が引いた札の裏には、
怪しい悪魔の絵がべったりと描かれていた。
勝負に使う五十三枚の中でも、
極めて重要なキーカード。
それを見た俺の顔も、
いわば悪魔のような含み笑いを浮かべていたことだろう。
「桐嶋さん。
ジョーカーだ」
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