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独占欲と嫉妬と
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「桜庭さん。今お時間大丈夫ですか?」
そう誰かに呼びかけられた時、
顔を上げるよりもっと前にまずモヤッとしたものを感知し、
顔を上げてから更にその疑いは確信へと変わった。
(この子か…例の新人ちゃんは)
第一に声が甘ったるい。
それに、上下関係以上によそよそしさのあるこの態度。目の合わせ方も。合ってからの逸らし方も。
なんつーか、妙だ。
計算づくの上にあるような、あざとくて、わかりやすく思わせぶりな感じ。
「この前の所で、もうちょっと教えて頂きたいことが…」
「あーうん。いいよ。全然いい、んだけど…」
・・・ところで、どんな名前だったか。
その頭から足先までをまじまじと見つめつつ、乏しい記憶力の跡をたどる。
そうしているうち、
彼女の顔がうっすらと赤らんだものだから、俺は慌てて目を伏せた。
「何でもない。…どこのこと?」
「ぁ、ハイ! えっと…」
同じように、俯き気味に伏せられた赤ら顔。
零れた横髪を耳の裏にすくって、目の前の資料と向き直った。
(ふーん……)
俺のことが好きなんだ、とわかった上で接すれば、どうしても偉そうに値踏みしてしまう。
シンプルなうす桃色のネイル。
清楚な黒髪。
開いて閉じてするリップ。
人懐っこい目元。
スーツ越しにでもわかるこの、ふくよかな…胸。
何点かと聞かれれば、満点かもしれない。
ただしかし…
こんな容姿に恵まれた万人受けしそうな女の子を前にしても、
単に「へぇ可愛いなぁ」と思うくらいで、他にどうという気は起こらない。
換言すれば、特に興味が無いのだ。
その体含め、女の子に関心がないなんて…
思春期の俺に言ってみろ。エロ本の角で殴られるぞ。
「あの…桜庭さん」
再び遠慮がちな声が聞こえて、俺ははっと顔を上げた。
「あっ、ごめん…!
ほんとごめん、全然聞いてなかった!」
つくづく自分を失礼な奴だと思うよ。
それでも俺に惚れてるらしいこの子は気にもしない様子で「大丈夫ですか? 疲れてませんか?」なんて言ってくれるから、優しいもんだ。
「いや平気平気。
ぼーっとしちゃってた…ごめんね」
「ふふ、桜庭さん可愛い」
手を合わせて平謝りの俺に、思わぬ言葉が降ってくる。
「ぁはは…そう言われるのはちょっとなぁ」
ほんっと。
女の子は『カワイイ』を乱用するよね。
友達にペットに…語尾にハートでもおまけされてそうな声色でさ。
そりゃ世界共通言語にもなるわ。
小馬鹿にしつつ不服を顔に出すと、女の子は慌てたように両手を振った。
「でも、あのっ…お仕事中はすごく…
かっこいい、です」
またもや意外な言葉を耳にした。
思わず「えっ」と聞き返して顔を合わせると、
そんなになるなら言わなきゃいいのにってほど真っ赤になって、もじもじと資料のファイルを丸める女の子。
「えっと。そ、そんなことないけど…ありがとう」
言われ慣れずにもらい照れしてそう返せば、
途端に二人の間でいたたまれないほど妙な雰囲気が出来上がる。
・・・ナニコレ。
何いい感じの二人みたいになってんの。
何か喋れ。喋ってくれ。そして早急に自分のデスクに着いてくれ。
男女としてこんな空気を伴う感覚は、俺にはあまりにも懐かしい。そしてひたすらに居心地が悪い。
そんな不本意な緊張感と不気味さに襲われる中…
突然、俺の腕をグイッと乱暴に掴むものが現れた。
「おい。
…ちょっとこいつ借りるぞ」
誰かと思い振り返って、
鬼かと思えば桐嶋さんだ。
このまま肘の関節を粉砕させてしまいそうな握力と、鋭い目つき。
どう見ても怒っているし、どう転んでもこの後俺は説教される。
こういう理不尽に当たられそうな機嫌の時は、関わらぬが仏なんだが…
強制連行なら、諦めるしかない。
「ぃ、行ってらっしゃい…」
ポカンとした彼女に力なく手を振りながら、俺はずるずると桐嶋さんのデスクに引きずられて行った。
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「あんま新人を甘やかすんじゃねぇよ。
舐められるぞ、お前先輩だろーが」
デスクの前に立たされた途端、
厳しい口調がドスドスと容赦なく突き刺さる。
(別に甘やかしてはないと思うけど…)
私語自由のオフィスも、この人の機嫌が悪い時は別なのだ。
お喋りしていればすぐ目をつけられる。
部長でさえも静まり返って小さくなってる。
そんな空気の中じゃ…
…俺とあの子はうかつだったかな。
「だって俺、桐嶋さんみたいに怖…厳しく出来ないし」
「はぁ? んだそれ、言い訳のつもりかよ。
ほんとここでのお前は貧弱な性格してんのな」
デスクに行儀悪く腰掛け、
俺を睨みあげる桐嶋さん。
ボールペンの先が、容姿ない言葉の暴力と共にビッと俺の方を向く。
「貧弱じゃなくて…
優しいって言うんですよ、これは」
今どき怖いだけの先輩、上司なんて、職場の環境的にも良くないよ。
まぁ、こんなささやかな反論に及んだところで、無駄も無駄。
冷たい罵りしか返ってこないんでしょうが…
「優しい?
どいつもこいつも騙されてるだけじゃねーか。見てて不快だ、あんな茶番はよそでやれ」
桐嶋さんの機嫌と目つきと声色は、一向に変わらない。
それどころか、
謝罪にしろ抗議にしろ、俺が口を開くたびに悪化しているような気がする。
俺は気が遠くなるような思いで、いじけたように目を逸らした。
「何もそこまで言わなくたって…」
「うるせぇ、仕事に支障が出てんだよ!!」
再び注意を引くように、バンとデスクが叩かれる。
その手の下には、俺が提出した書類が敷かれている。
しっかりチェック済の付箋だらけ。
つまり再提出。逃げたい。
今すぐこの場からエスケープしたい。
「新人と同じようなしょうもないミス並べて持ってくんな!! 後で皺寄せが来んのはこっちなんだからな!」
「えと。それは…すいません…」
こえぇぇ…好きな人にはもっと優しくしようぜ、オニ嶋さん。
ここはむやみに機嫌を取ろうとしないで、
素直に謝っておいた方が良さそうだ。
そう判断し、デスクの前で九十度近くまで身体を折り曲げた俺に、
桐嶋さんは苛立ったため息をついた。
「…どうせ女とベラベラだべりながら作業してたんだろ…」
ボソッと吐き捨てられた不満を、俺は決して聞き逃さなかった。
でもってその上、言葉の節々に含まれたあらゆるニュアンスの中に、
気になるものを一つ見つけてしまった。
「あの…桐嶋さん」
腹をくくるように目を瞑って一声掛ければ、この人は「なんだ」とやはり不機嫌そうに返してくる。
発言の許可を得た俺は続けた。
「さっきからずっと気にはなってたんですが、
一つお聞きしたいことがございましてですね…」
「…だから、なんだよ」
妙な俺の口調に、眉間の皺がぐぐっと深まる。
これを聞いたらどうなるだろう。
この人の機嫌が悪化に悪化を重ねるのは必至だ。
それでも聞きたい、聞かねばならない。
正しい確認を取らなければ、
俺は案外鈍感なようだから。だから…………
「その…
ヤキモチ、焼いてます?」
逃げられないほどに視線を合わせ絡みつけながら、意地の悪さを消して、ただ純粋に。
気になったからついでに聞いてみた、程度に。
…そうすれば、
この桐嶋寛人の不機嫌面が、ふいを突かれてほんの少しだけ強ばった。
「いつも明海さんとばかり喋ってる俺が、他の女の子と関わり出したから…」
身を固くしたその耳元で声をひそめ、さらに逃げ場をなくしにかかれば、
桐嶋さんは鬱陶しがるように顔を背ける。
「馬鹿言え、そんなことで妬くのはお前くらいだよ。
俺はただ、俺の知らねぇところで笑ったり、勝手に楽しんだりするお前がムカつくだけで……だから…」
「……」
それを世間一般で何と言うかはっきり教えてあげようか。
虚勢を張った語尾がだんだん小さくなる。
ついにぎゅっと結ばれた口は、再び開くまでにずいぶん時間が掛かった。
黙ったままさっきの子みたいに真っ赤になって、
さっきの子みたいに伏せた目は、全然俺の方を見てくれない。
(まったく。そこで照れて黙るかな…)
同じ態度を取られているのに、
なぜこの人相手だと、こんなにも感じ方が違うのか。
もう勘弁してあげようと、フォローの言葉を探すより前に、
意を決したらしいこの人が口を開いた。
「………他の奴に、愛想良くすんな」
初めて具体的に言葉にされた欲求は、
小声で、ぶっきらぼうで、聞き取り辛くて、
この上なく自分勝手だ。
それでも、
もし女の子の好きな世界共通語を使うなら、今しかないんじゃなかろうか。
「……ほんとさ。
可愛すぎでしょ、桐嶋さん」
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