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恋はいつでも予測不可であると
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「おいジャカジャカうるせぇ、別の曲にしろ! もっと落ち着いたやつ!」
「えー俺はこれがいいもん! 桜庭くん、変えちゃダメだからね!」
・・・予想はしていたが・・・
その予想を裏切らないやかまし…賑やかさだぞ、これは。
今日に限って良く信号に足止め食らうし、桐嶋さんの機嫌はどん底だけど。
今も、苛立たしそうに、ハンドルを指で小刻みに叩いてる。
トン、トン、トン、トン……
目つき怖いなぁ…って、いつもか。
眉間に皺寄ってる…って、これもいつもだな。
…でも、今日は一段と。
隣で様子を眺めながら、
前まではこの人のこんな姿が、もっと怖かったように思った。
「桐嶋さん。朝礼まであと5分です」
「わかってんだよそんなことは!一々うるせぇ!!」
穏やかな時はもちろん、
怒った顔すら魅力に感じてくるんだから…愛の力ってすごいよな。
と、
この人に言えば「寒い」の一言に一喝されそうな愚想にふける。
遅刻を前にした軽い現実逃避だ、
許して欲しい。
「…にしても、あれですね。
ダッシュ出社ほんと増えましたよね」
「ダッシュした所で遅刻だからな。
なんか上手い言い訳考えとけ、二人分」
「無茶言ってくれますよ…」
社内エースが部下の作った言い訳でその場しのぎとは、世も末だ。
とは言え今の桐嶋さんには従っていた方が良さそうだから、
俺はクソ真面目に考える。
「そうだなぁ…」
せいぜい思いつくのは、
木の枝に風船を引っかけた子供を助けていたとか、お婆さんの荷物持ちを引き受けていたとか…
なんてベタな。
下手な言い訳の模範かよ、俺としたことが。
「く、車が渋滞して…?」
「この通勤路でそれは使えねぇな」
「親が突然倒れた! …とか」
「いやねぇだろ」
「お…親の様態が急変して」
「勝手に病気にすんなッ!
つか親から離れろ!」
激しいダメ出しに試行錯誤を重ねた末。
…俺は、
考えることを放棄した。
・
・
・
俺達を乗せた車は、
桐嶋さん宅からの通勤史上、見たことのないルートを走った。
会社の駐車場前まで来て、
「近道っぽいと思ったら近道だった」なんてしれっと言ってしまうこの人の強運ぶりといえば。
…だが、もう朝礼は始まっている頃だ。
「ほら着いたぞ。
言う通りここまで乗せてやったんだから、さっさと降りろ」
けっこうな音量でかかっていた曲を止め、
優人くんを睨み見る。
……が、返事はない。
「おい優人!!」
逆上した桐嶋さんの額に、血管が浮いている。
ただでさえ機嫌悪いのに、これ以上この人に悪い刺激を与えないでくれ。
「どうかし…」
振り返れば、
後部座席の優人くんは、
ただぼんやりと窓の外を眺めていた。
彼の大きな目が何かに釘づけだ。
「・・・」
俺と桐嶋さんは、どちらからともなく思わず顔を見合わせる。
意識だけ別世界にでも飛んで行ってしまったような、「おーい戻ってこーい」と声を掛けたくなるような、
そんな表情がそこにはあったのだ。
「ねぇ……あの人、だれ…?」
上の空だった優人くんが、未だぼんやりと外を眺めたまま尋ねてくる。
その視線はどうやらある誰かを追いかけていて、その人物が歩くたび、行方をたどって目が動いていたらしい。
前部座席の俺達は、ひょいと外の景色をのぞき見た。
「…明海さんだよ」
「…明海だな」
すっかり見慣れた小柄なシルエットを見つけ、二人で確信する。
電車通勤で暑かったんだろう、
首元をシートで拭いながら、会社の入口までの道を堂々と歩いている。
この時間に入社して、全く焦っていないあの図太さ。
彼女以外の何者でもないだろう。
「で? あの女がどうかし…」
「すっっっごい美人じゃない!?」
「……や、どこが」
鼻で笑う桐嶋さんを、「失礼ですよ」と思わず叩いてしまった。
(……まぁ、かく言う俺も…)
可愛い明るいと評判ではあるけど、ちょっとがさつで男っぽい所のある明海さん。
いつも当たり前のように目にする明海さんが、果たして美人なのか、そうでないのか。
自分の中で、彼女がどのような区分けにいるのかよくわからなかった。
「つーか!!
何でもいいから、早く降りろよ」
予想外の発言にぽかんとしながら、
怒ることすら忘れていた桐嶋さん。
優人くんも再び促されたことではっと我に返ったようだ。
「あぁーはいはい!
ちょ、ちょっと、ちょっとだけ待って」
そう言って、
どこからか取り出したメモに、どこからか取り出したペンを走らせる。
書き上がったそれを綺麗に折りたたむと、
桐嶋さんの胸ポケットに素早く突っ込んだ。
「なんだよこれ!!」
「彼女に渡しといて!
中見ちゃ駄目だからねっ!」
桐嶋さんが再び口を開く前に、バタンと後部座席の戸がしまる。
軽快なスキップで去っていくその後ろ姿を眺めたのち、
隣から盛大なため息が聞こえた。
「桜庭。
優人の言いつけを無視してこの紙を開く前に、ひとつ聞きたい」
「…はい。何でしょう」
「……あいつはほんの数日前、
女に振られたんじゃなかったのか」
呆れるを通り越してむしろ清々しい。
そう言わんばかりの遠い目が、彼の兄としての苦労を物語っていた。
「……お、俺の聞いた限りでは」
正直に答えた俺に、
その苦労人はまた、盛大なため息をこぼした。
…今日は遅刻だ。
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