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#01 せんせい。
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小さな頃から、本が好きだった。
…とはいっても、<本の虫>だなんて呼ばれるようなガッツリインテリ系だった訳じゃない。
友達と外でサッカーしたりもしていた。
ただ、不思議と本を読んでいる時はすごく気が楽になれて…好きだったんだ。
なんでもいい、漫画でも小説でも絵本でも…とにかく、本の世界に入り込めるあの感覚が好きで好きでたまらないんだ。
✳︎✳︎✳︎
「透ー、お前今日暇?」
「今日?図書室に本返すくらいだから、あいてはいるけど」
背後から肩を掴まれかけられた声に、俺は考えるように首をかしげながら答える。
「マジか!じゃあさ、それ終わったらこの前駅前にできたクレープ屋行こうぜ!」
「ええ?あそこって女子に人気のところでしょ?お前と2人で行くの?」
つい苦い笑みがこぼれる。
クレープ専門店「ルノワール」
一週間前に最寄駅の前にできたばかりの店なんだけど、すでにクラス中の女子がその話で持ちきりだ。
つまり、客層もおそらく女子メイン。
俺としては、バレンタインが近づいたチョコレート売り場並みに避けたいスポットNo1だ。
けど、こいつには全く関係ないみたいだな…。
「なんだよー!男がスイーツ食っちゃ悪いのかよ!」
「そこまで言ってないだろ?達也…せめて、男じゃなくて女子誘えって言ってんの」
「母ちゃん!?」
「お前の守備範囲に俺がびっくりだよ」
結局、達也と俺の男2人クレープ屋デートが確定してしまった。
あぁ…なにが悲しくて男2人でスイーツを頬張りに行かねばならないのか。
「じゃあちょっと図書室行ってくるから待ってて」
「うぃーっす!」
達也が勢いよく左手を天井に向かって伸ばす。
いい挙手だ。
相変わらず元気だなぁ、なんて小さく苦い笑いを零しては俺は教室を後にした。
✳︎✳︎✳︎
本当は、今日の放課後は図書室で読書をしようかなと思っていた。
それが、俺の日課だから。
でも、友達と遊ぶのも俺としては楽しい。
読書なんていつでもできるし。
だから、渋々とはいえどクレープ屋デートをのんだ。
「そういえば、もう新刊きたかな?」
カラ、と図書室の扉を開く。
極力静かに、他の人の邪魔をしないように。
すると、ほんの少し生暖かい空気が頬を撫でる。
季節はもう秋と冬の狭間。
かすかに冷えた頬には、流れ込む暖房の暖かさが心地よかった。
俺がこの場所へ来るのには理由がある。
それは、本が好きとはまた別の理由。
この学校の図書室の隣には<司書室>と呼ばれる部屋がある。
そこには、図書室の本を管理する<司書教諭>っていう人がいるんだけど…この学校の司書教諭さんの真澄さんというおばさんはすごく気立てが良くて暖かい。
司書室には漫画の棚があって、そこへくる生徒にはお菓子とあたたかい紅茶を出してくれるんだ。
なにより、真澄さんを包むあたたかな雰囲気が俺は好きでついつい通ってしまう。
カウンターで図書委員の生徒に本を返却すると、俺は司書室をノックする。
すると…
「はい?どうぞー」
「…え?」
一瞬、扉の向こうから聞こえた覚えのない声に動きが止まる。
そして、ゆっくりとドアノブをひねり押し開くと相変わらずの優しい紅茶の香りが鼻先をかすめた。
けど、違うことがひとつ。
「こんにちは、漫画がお目当てかな?」
蜂蜜みたいな透き通った髪の毛に視線が奪われる。
真澄さんじゃない、知らない…男の人がいた。
蜂蜜色の髪の毛に、白い肌、綺麗に着こなされたワイシャツに黒のベスト…まるで、外国ドラマのワンシーンを切り取ったような…そんな感じ。
しばらく黙りこんでいると、椅子の軋む音が聞こえた。
突然黙り込んだ俺を不思議に思ったのか、その男の人が腰を上げたみたいだ。
「あ…っ」
「どうかした?気分悪いなら、ちょっとそこの椅子使っていいから休むといいよ」
うまく言葉に出せずにのみこんだ俺に、その人はふっと瞳を細めて優しく微笑みかけてくれる。
その瞬間、誰かに似ている気がした。
(でも、誰だろう…?どこかで…)
言葉に甘えて近くにあった椅子を引き寄せると腰をおろしながら、そんなことを考えてみる。
そんな俺をよそに、男の人は完全に立ち上がると窓際に設置された机の上にあるポットへと歩み寄っていく。
「紅茶は好き?」
「へ?あ、はい!」
突然の問いに、考えながらうつむいていた首を俺は勢いよくあげると返す。
「うん、俺も好き」
そう言って頷くこの人の笑顔がやっぱり優しくて暖かくて…なんだか心地よかった。
「ミルクティーとストレートどっちがいい?」
「じゃあ…ミルクティー…ですかね」
真澄さんもよく、聞いてくれたなぁ。
ここへ来るたび、一番最初は紅茶を入れてくれるんだ。
ー…あれ?そう言えば、真澄さんが、いない?
「あの、」
「うん?」
「その、真澄さ…司書の先生って…今日はまだいないんですか?」
そう俺がたずねると、男の人は何度か瞬きをすると困ったように口を押さえる。
(…もしかして、なにかあったのかな)
一瞬、俺の脳裏にひとつの不安要素が浮かび上がる。
真澄さんは、もうすぐ60歳になる女性だ。
ないとは、言い切れなかった。
「…あの人には、俺が言ったって言わないでね?」
「え?」
けど、次に俺の耳に入ったのは予想外の言葉だった。
「実は、ダイエットだって言って急な運動をしたらギックリ腰になってね…」
「……ギックリ腰」
「そう、ギックリ腰」
はあぁ、と深いため息が溢れる。
ギックリ腰、そうか…病気とかじゃないんだ。
良くはないけど、良かった…。
「でも、それじゃあ大変ですね…つらいだろうな」
「はは、そうでもないよ。今日は読書エンジョイだーって言って横になって枕元に大量の本積み上げてたから」
「真澄さんらしいですね…」
思わず笑い声が漏れてしまう。
でも、ふと引っかかる。
枕元ってことは、真澄さんの家ってことだよね…?
「あ、あの…真澄さんの家ご存知なんですか?」
その俺の問いに、男の人は一瞬不思議そうに瞬きした後に納得したように笑みを浮かべた。
「そっかそっか、君には自己紹介まだだったね」
そう言っては、淹れたての紅茶が注がれたカップを渡される。
お礼の言葉と一緒に受け取ると、俺は視線を合わせるように見上げた。
「俺は羽生孝宏、この学校の副司書教諭だよ」
「司書の先生だったんですね!…でも、あれ?羽生って確か…」
俺があることに気がつくと、男の人…羽生さんは人差し指を自身へ向けると笑みを深める。
「うん、真澄さんの血縁者だよ。羽生真澄さんは、れっきとした俺の母親です」
そこでようやく、心の中のモヤモヤが晴れた気がした。
ずっと誰かに似てると思ってたけど、そうだ。真澄さんに、似てるんだ。
性別も、髪の色も何もかも違うけど…オーラっていうか、空気というか…この人を包み込んでるあたたかな感じが…すごく似てたんだ。
「さ、紅茶が冷めちゃう前にどうぞ」
「あ、はい!」
言われるままに、カップへそっと口付けるとミルクティーを少し口に含んだ。
「…おいしい…!」
「それ、俺のオリジナルブレンドなんだ」
「え?!」
「とはいっても、紅茶葉じゃなくて入れる時だけどね。ほんの少しの蜂蜜をホットミルクに溶かして紅茶に注ぐんだよ」
ほのかな甘さと、優しい香りにぽかぽかする。
不思議な感覚だ。
「すごく、美味しいです!この味、好きかも」
「それは良かった」
そう言って微笑む羽生さんの蜂蜜色の髪の毛が揺れる。
それが、やっぱり綺麗でなんだかちょっと恥ずかしくて。
気をそらすように視線をカップに落とすと、不意にブレザーのポケットに入った携帯がバイブで震えた。
「わっ、メール?……あ」
慌ててポケットから取り出し開くと……達也からだった。
「やっば!忘れてた…!」
カップを机に置くと、俺は勢いよく立ち上がる。
「どうかした?」
「俺…っこのあと友達と約束してたの思い出して…!」
「あらら、それは急いだ方がいいね」
そう言うと、羽生さんはぽいっと軽やかな半円を描くように何かを投げてきた。
思わず両手で挟むように受け取ると、手のひらには個包装された二つのクッキーがあった。
「今日のお菓子。お友達と食べてみて」
そう微笑んでひらりと片手を振る羽生さんを脇目に、俺は司書室を後にした。
じんわりと、顔が熱い気がしたけどきっと温度差のせいだろうな。
#01 せんせい。 fin
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