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宛名確認は、配達前に
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紅丸は、温泉マークの浴衣など着ずに自前の着物姿だった。さすが東国の和装、素晴らしい出来映えの服だ。反物と呼ばれる織物から成る着物だが、安い物から高級品まで様々で、紅丸のそれは間違いなく高級品だった。
「凄えなぁ、その着物。高級品だ。」
トキワは温泉マークの浴衣姿で、紅丸の隣を歩きながら褒めた。
「…お前は、着ないのか着物。」
北国ではボタンの付いたシャツとズボンが一般的で、冬はその上にセーターやコートを着込む。この温泉旅館の浴衣も、東国との境目だからこその、珍しい物だった。
「北国で着物は自殺行為だな。冬の寒さは尋常じゃない。それに、着物を買う程の余裕の有る金持ちなんて北国には殆どいない。」
「ふうん。」
「あ、此処が俺の部屋。」
トキワが引き戸を開け、これまた東国仕様の、和室と呼ばれる畳の部屋に二人で入った。
トキワは、隅に置いていた手荷物を探って、手紙と箱を取り出しテーブルの上に置く。今迄きちんと見てなかったが、手紙には果ての屋敷の主殿と宛名を書いてある。
「果ての屋敷の主って、知り合いだったりするか?もし知ってるなら渡してくれ。」
「俺の事だ。」
「へえ、そっか。なら、渡して…え?」
びっくりして紅丸を見る。どう見ても男性だった。もしかしたら娘がいる可能性も考えてみたが、そんな歳には見えない。恐らく二十代だと思われる、ならば妹がいるのかもしれない。
カサ、
透ける様に白い指が王家の紋章を押した封蝋を剥がし、封筒から手紙を取り出した。中身に目を通して、次に贈り物の箱を開ける。
北国でしか採れない大粒の水色の宝石を、独自の技術を用いて複雑にカットした、最高級のペンダントだった。室内灯を受け、繊細に光を弾き輝く。
「すげえな。」
「成る程、これと引き換えか…。いや、此処にある水色の宝石をくれると言うからには、お前も貰って良いんだろう。でなければ引き受けん、」
トキワは水色のペンダントをしげしげと眺め、売ったらいくらになるのかと、きっとトキワとナツメの二人暮らしならば、一生働かずに済むに違いないと考えていた。だから、紅丸の呟きを聞いていなかった。
「トキワ、お前の名はどう書く。」
いきなり隣から腕を掴まれ、バランスを崩す。
「え、名?アルファベットだけど、」
「違うだろう。お前の名には漢字がある筈だ。どう書く。」
ぞっとした、トキワの背筋が冷える。
「何だよ、何を根拠に…。俺は北国生まれだから、東国みてえに漢字なんてない。」
「いいや、お前は東国の者。匂いがする。」
匂い、何の事なのか。右の金眼と左の紅眼が細まる、紅い唇が口角を上げ笑んだ。
「匂いって、何だ、」
知らず知らず、後ろに退がる。この、目の前の何かから距離をもっと置きたい、逃げたい、本能が叫ぶ。
「その、水色の瞳は偽物だろう。そこから強く匂う。肌も、髪も、偽物だ。」
紅丸は住処を東国の果てと言った、果ての屋敷の主とは何だ、昔、聞いた事はなかったか。
「偽物じゃない、俺は北国の」
「いいや、お前は東国先王の最後の末裔。」
いつの間にか、トキワの背は壁に当たり行き止まっていた。もう、目の前にあのオッドアイがある。強い妖であればある程、人と同じ姿だと聴く。
「舐めてやろう、」
トキワの膝を割り、近付く身体。紅い舌が目前に迫る、目を瞑るなんて考えられなかった、もう、何も考えられない。
ねろり、
左の眼球を這う舌を、感じる。そしてそれとは別の、表面を覆う薄い皮膜を剥がす感覚。ああ、左眼の魔法が解けた…そう分かった。
「ほうら、お前の眼は黒い。」
愉しげに言う。東国に住んでいた子供の頃に、果ての屋敷の主とは、魔物の、妖の地の主の事だと聞いた事がなかったか。
「その眼は、先王の末裔の証。もう、人が持たぬ眼の色。この世の人間の中で、お前だけが持つ色だ。」
「止めてくれ、」
トキワは水色の右目を抑えて隠す。これ以上魔法を解かれては、この世界の何処にも行き場はない。見つかれば、東国の王に殺されるか、もしくは、物好きの元へ珍しい商品としてでも売られるだろう。そうなれば、トキワに自由はなかった。
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