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今宵、舞う
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「全然、ラブレターじゃねえな。」
「うそ、西国が攻めてくるの…、」
「それじゃあ、私達はとんでも無い勘違いをしていた事になる、」
カイの呟きに、トキワとマリンも頷いた。しかも、この手紙の内容から察するに、ここに居る紅丸は…、
「ねえ、カイ…、」
マリンが紅丸の居る方をチラッと見て、小さな声で呟く。不安の滲んだ声音。信じられない程に、紅丸は人間と変わらない。
その意を受け、カイの緑の瞳が焦点を失くし奥の方から不思議な光が浮かんで来た、三人から離れて籐椅子に座り煙管を吸う紅丸を見る。
「そんな…何も視えない、確かに居るのに目に映らないなんて…、人間じゃない、」
恐怖を滲ませるカイを見て、ふうっと煙を吐き薄く笑う。
煙管の火皿を灰皿の上に傾け、カツンと軽くぶつけて中に詰まった灰を落とした。袂にしまうと立ち上がり三人の元に来る。
「さて、その手紙にある通りに宝石は受け取ろう。」
テーブルに置かれたままだったペンダントを手に取る。
「なら、…引き受けてくれるの?北国を守ってくれる?」
マリンは少し震えながら聞いた。紅丸の正体が分かった以上、今迄の様に気安く接する事が難しい。何せ、初めて魔物を目にしたのだ、本能が恐怖を訴える。
「このペンダントだけでは足りねえな。トキワも一緒に貰って行く、それが条件だ。」
カイの瞳は元の緑に戻り、驚いてトキワを見た。マリンもトキワを見詰める。当の本人は、紅丸の発言を聞いてもテーブルに左肘をつき、左目を覆ったままじっとしている。
「如何してトキワを連れて行くんだ、」
「足りねえと言ったろ。俺に水色の宝石をくれるんだろう?さあトキワ、如何する。お前の返事次第で、北国の未来は明るくも暗くもなる。」
確かにトキワの瞳は水色で、ペンダントの宝石を真似て作られた様に澄んで美しい。
「待って下さい。そんな言い方をしては、トキワは」
「分かった。お前と行く。」
食い下がろうとしたカイを遮りトキワは頷いた。紅丸の白い指がトキワの首にペンダントを掛ける、
「なら、これをやろう。お前の本当の名をこの手の平に記せ、」
青白く抜ける様な手の平を目の前に差し出した。トキワの指先が触れる。
「駄目だ!」
「トキワ、駄目…、」
思わず声が出る、本能がそれを許しては駄目だと告げる。本当の名を名乗らずにいる人間など、北国には沢山居る。
二人は如何する事も出来ない無力な自分が歯痒い。特殊技能者は色んな能力が有るが、出来る範囲は決まっている。特殊技能とは、目の前にいる人間の身体に対して作用させるものだ。勿論、無機物には作用せず、無から何かを生み出す事も出来ない。しかも、能力を使うのにも限度が有った。
トキワの指先が動きを止め離れ、青白い手の平が閉じる、
「ああ、常と書くのか。とこしえだな。」
満足そうに紅丸が笑む。再び白い手の平を開くと、無から突如出現した紅色の蝶が一頭舞う。紅丸の軽く窄めた唇からふうっと出た息がかかると、ひらり、ひらり、と窓を抜け、王都の方角へ飛んで行った。もう人間技ではない、妖の証だった。
「今回だけ手を貸すと、王へ返事を送った。お前達は温泉でのんびり過ごして帰ると良い。俺はこれから、トキワを連れて屋敷へ戻る。」
「分かった。」
トキワは近くに置いていた自分の手荷物を手繰り寄せ、立ち上がる。
「トキワ!」
「トキワ!」
二人が腰を上げようとするのを制し、左目を押さえたままへらりと笑う。
「悪いけど俺の分の料理も食っておいてくれ。後、もし頼めるなら俺の同居人に、帰れなくなってごめんって伝えてくれ。住所は〇〇町の薬屋と宿屋の間のボロ家。」
トキワの表情には悲愴や、恐怖は浮かんでいない。その決意を受け止め、カイは真っ直ぐトキワを見て頷く。
「分かった…必ず伝える。」
「ごめんねトキワ。私、今は魔法が使えないの…あんな意地悪をするんじゃなかった、」
マリンは、心から詫びた。あんな魔法を掛けたまま別れる事になるとは思いもしなかった。
「あー、あれはこっちも悪かったし。ごめんな。紅丸に如何にかしてもらうから、大丈夫。」
ちょっと近所に出掛けるから、そんな気安さで二人に手を振って背の高い紅丸の隣に立った。
「行こう、紅丸。」
それが合図になり、紅丸はおもむろに片手でトキワの体を肩に担ぐ。浴衣一枚の腹に肩が食い込んで、うぐっと片手に荷物を持ったまま呻く声を無視して、何の重みも感じていない様子で畳を進み窓辺に寄った。
夜空の見える窓をからりと開け、着物の裾を割り大股に開いた白い脚を上げた。腰の高さにある窓枠に足袋を履いた足裏を置くと、トンっと軽く畳を蹴る。トキワを抱えたまま、三階の窓から飛び出した。
「な!」
「えっ、」
驚くカイとマリン。紅丸の羽織と着物がひらりと翻り、蝶の様にひらめいた。驚き、声も出ないトキワの浴衣の裾も翻り、重力など無視して星の浮かぶ夜空を担がれたまま飛ぶ。
トキワは、ぶら下がった状態で目に映った光景を凝視する、紫紺の羽織に描かれた紅蝶の模様と、紅色の裏地がはたはたと風を受けて優雅に泳ぐ。紅と紫紺が織り成すそれは、幻想的で美しかった。
部屋に残された二人が我に返り、慌てて窓辺に寄る。既に紅丸とトキワの姿は遠く、目視で確認するのは難しい程の彼方だった。
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