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その覚悟は、また別の話
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鳥の囀りが耳に届き、トキワの目蓋がゆっくりと開く。木目の美しい木の天井、広い畳の部屋に寝かされている。東国仕様の部屋、香る畳、子供の頃の薄らいだ記憶を少し思い出す。
日の透ける障子に、庭の木で遊ぶ鳥の影が映った、トキワの寝かされている布団を通って、その向こう側に置かれた、牡丹の描かれた屏風に届かぬまま去る。
トキワは、ぼんやりと障子を眺め、来ては去る鳥の影絵を楽しんだが、怠い体は眠りを欲し、また目蓋は落ちていった。
次にトキワの目が開いたのは日が傾いた夕方だった、枕元に水差しが置かれている。喉の渇きを覚え体を起こす、伏せられたコップに水を注いで、生温い水を時間をかけてゆっくりと嚥下した。染み込む水に、体が徐々に目覚める。半分程飲んだところで満足し、コップを盆に置いた。何時間寝たのか分からないが、体調はすっかり良くなっている。
「んー、良く寝た。」
伸びをする、その動作で水色のペンダントが揺れる。さらりとした袖が上げた腕を撫でて半ばまで落ちた、いつもの綿シャツとは違う感覚。
「ん?」
床から出て自分の格好を良く見れば、白い絹地に紅蝶の柄が染められた襦袢を着ている。恐らく、紅丸の物だった。
「襦袢で寝るとか久し振りだな。」
東国で生活していた七歳までは、トキワも和装で過ごしていた。上等な着物を着せられていた様に思うが、どんな着物だったのか、もう思い出せなかった。父と母の顔も、二人の兄の顔も、同じく朧げで鮮明には思い出せない。
「それで良いんだ、」
そうしなければ、ここまで生きるのは難しかった。
「さてと、紅丸は何処だろ。」
素足のまま、冷えた畳を歩く。東国は北国よりも随分と温かく、まだ夏の名残がある初秋。
部屋を出ようとして、隅に置かれた姿見用の大きな鏡に気付いた。寝ている時は、屏風の影になり見えていなかったのだが、
「嘘…だろ、」
そこに映った人の姿に驚き、恐る恐る近付く。そこには、水色のペンダントを下げ、紅の蝶柄の白い襦袢を着た男が立っている。
東国に多いオークルの肌色、黒に近い濃紺の髪、左目どころか両目とも黒いトキワ、いや、常が居た。
「ぬうわぁぁぁぁ!完全に解けてる!」
この大声が聞こえたのか、いきなり襖が開いた。
「やっと起きたか、常。」
紅丸だった。食って掛かろうと振り向く、昨日、東の果ての果ての果てに来る決意をした時に恐怖心は捨てた。やけくその、開き直りかもしれない。
「ちょっと、何だよこれ。何で魔法を全部解いてるんだよ!如何してくれるんだ…これじゃあ、」
帰れない、そう続けようとして言葉を飲み込んだ。紅丸の表情から、剣呑なものを感じる。
「何の不満がある?それが本来のお前の姿だろう。それに、全ての魔法を解いてはいない。一つだけは残しておいた。」
「え?」
何が残っているというのか。肌と髪と目、これが常の魔法の全て…だったのは、昨日までの事。もう一つあるではないか、あの、素敵な…。
「まさか…、」
「お前の住処は、この東の果ての屋敷だ。子を作れるとは、丁度良い。嫁として迎えてやろう。よもや、此処から逃げられるとは思ってないだろう?」
「嫁…、」
呆然と呟く。最悪だった。
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