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三日は長くて、されど短い
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「あの、別に逃げようとしたんじゃないから、散歩したかっただけでさ、」
常は引きずられる様に部屋へ連れて行かれる中、何とか紅丸の怒りが収まらないかと小声で恐る恐る告げた。あの魔物が破裂した光景が脳裏をよぎる、自分の未来の姿かもしれない。
やがて着いた常の部屋の障子を開け、紅色の蝶を染めた白い襦袢姿の上に羽織を着た常を寝床へ転がした。
「っ、」
濃紺の髪が布団に散る。転がった時に、はだけた裾から覗く脚が、開いたままの障子の隙間から差し込む月明かりで鈍く光る。不安の滲む黒い目が、紅色と金色のオッドアイを見詰めた。
「さて、お前の言う通りに時間はやった。もう良いだろう。」
「え…えと、時間…。」
何の事だと考えて、連れて来られた翌日の嫁発言に思い至った。ここ三日は、普通の客人の様に自由に過ごしていたので忘れていた。
「い、いや…全然足りない…です。」
うわわ、と嫌な予感がして半身を起こし後退り始める。幾らも進まないうちに、紅丸が脚の上に乗り上げてきた。
「もう、三日も待った。」
「三日も…って、たったの三日…だろ。本当に何なんだ…冗談だよな…、」
「往生際が悪い。」
「いや、いやいやいや、」
裾を割って手を入れて来ようとするのを、とんでもない事になっていると思いながら必死で押さえる。確かに今の常の身体は結婚すらも可能な状態で、もしも、今ここで行為に及べば…もしもその所為で孕んでしまったら…。
「うわあぁぁぁぁ、いやだぁぁぁ!」
恐怖に駆られ、とんでもない大声が出た。本能とは、時に無謀で突発的なものだ。だから、この時の常を駆り立てる恐怖の対象、紅丸を遠ざけたいと思うのも無理はなかった。
ぐ、
素足の裏に冷やりとした肉の弾力、足に力を込めてぐ、ぐ、ぐ、と押した。
只ならぬ常の悲鳴を聞き付け、黒鉄は廊下を走って部屋へ向かった。
「おい、如何したっ。」
少し開いたままの障子の隙間に手を突っ込み、勢いよくスパンッと開けた。
月明かりの差し込む布団の上で、太腿を露わにした常の足の裏が紅丸の顔に減り込んでいる。紅色の蝶が、きめ細かいオークルの肌を艶かしく見せ色気がある…黒鉄は一瞬それに見惚れてハッとした。今、問題とすべきはそこではない。
「まずいぞ、」
紅丸が何をしようとしていたのかは察した、元来魔物とは、人の血肉を好むが決して喰う為だけに好むのではない。惹かれるのだ。
下等な魔物であれば、その欲望は見境無く食へと結びつくが、上等な魔物ならば性欲へとつながる事が多い。しかも、それぞれの好みも有り誰でもいいという訳でもない、その感情はまるで人と同じ様だった。
「あ、黒鉄っ、」
黒鉄に気付いた常が紅丸から足をどかして、腰が立たないのか、這う様にして黒鉄の足元に縋った。
「助けて…、」
紅丸の左目がジロリと黒鉄の方へ動いた。
「あー…更にまずい。」
紅色が光る、どす黒い怒りを感じる。本格的に拙かった。
はぁ…。
黒鉄は溜め息を一つ吐くと、その怒気に臆する事も無く言った。
「邪魔して悪かったな、…しかし常の様子を見るに、少し強引なんじゃないか。」
「三日も待った。」
どうだと言わんばかりに答える。何の不満があるのか、それのどこに問題があるのか、常と紅丸の認識には隔たりがある。
「……気持ちが、…まだ…無理っていうか…とにかく、まだ…そんな気にはなれないし、」
常が、回り込んだ黒鉄の後ろから顔を出して、恐々と話す。今、この瞬間に自分が生きているのが不思議だった。よくも足蹴にして無事でいられたものだと思う、いや、もしかしたら今から殺されるのかもしれない。
ナツメ…ごめん。常の気持ちが一気に下降する。
「紅丸、もう少し…いやもっと待ってやれ。別に急がずとも、時間はたっぷりとあるだろう。」
見た目は二十代の紅丸だが、本当の年齢は分からない。黒鉄よりも、もっと長い事は確かだった。
魔物は不思議なもので、下等なものはいつの間にか東の果ての果ての果てで産まれ、この地を彷徨う。しかし、紅丸や黒鉄の様に上等なものは、人と魔物の間から産まれる。故に数も少なく、人里に紛れて暮らす者までいる。黒鉄自身も随分と昔、まだ東国に黒い目の人間が多くいた頃は四国を転々としていた。
「ふん、まあいい。今回は許してやる。」
黒鉄の執り成しで、常は何とか難を逃れた。ほっと胸を撫で下ろして、黒鉄に手を取られて立ち上がる。その黒い瞳を見て安堵した、
「ありがとう。」
そっと微笑む。常は気付かなかったが、紅丸がじっと二人を見詰める、いや、常の表情を注視した。
ああ…まずい。
黒鉄は顔を片手で覆った。
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