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だって、美味しいんだ
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常は緑太の隣りを歩きながら、秋晴れの空を見上げる。細く淡い雲、時折鳥が行き交う。
昨日と同じで樹木の陰に潜み、常を見ては、もごもごと口を動かしているもの。緑太が目を向けると、そそくさと離れて行く。それだけ恐れられているという証拠だ。
「緑太は強いんだな。あいつらが近寄れずにいる。」
常は感心して、緑太の淡く輝く若葉色の髪に隠された顔を見る。相変わらず表情は分からない、それでも恥ずかしそうにしているのが分かった。
「いいえ、紅丸様や黒鉄様程の力はございません。多少、あれらのものよりは上だというだけの事、」
「ううん。俺よりはずっと強い。あいつらは、俺の事を食料品だと思ってるからなぁー。」
そう言って笑う。ふと目の端、前方に真っ白い毛並みが見えた気がした。正面を見直す、常の気の所為ではない。よく考えれば、ここは山だ。獣の類いがいておかしくない。
「犬…、」
頭を縁取る、渦巻く様なふさふさの毛。ピンっと立った耳、丸くて濡れたような瞳、太くて立派な足。耳を澄ますとトットットッ、軽く土を蹴る音が聞こえる。
「嘘だろ…凄い。大きいな、あの犬。」
常の瞳がわぁと嬉しそうに輝く。大きさにすれば四肢を着いた状態で常の1.5倍、横幅は常の3倍はある。なのに、常は子供の様に喜んでいて、緑太も微笑ましくなった。動物好きなのかもしれない。
「ああ、犬ではないですよ。あれは」
常はかがむと足元の大きい石を拾った、そしておもむろに、勢いを付けて頭上に振り被る。石は手先から離れ弧を描き、見事なコントロールで飛ぶ。
緑太はあまりにも意外な展開に、ぼうっと見送った。大きな頭に向けて、思いっきりごいんっと命中し、獣がくらっとよろめく。
「肉!犬鍋!毛皮!」
「ええっ、え、と、常様!」
ダッと駈け出すのを、慌てて緑太も追う。離れては危ない。しかも、今近付こうとしている獣も危ない。
「常様!それは犬ではございません。それは白楊様の、妖の使いでございます。」
危ないっと常の腕を掴む、常は既にその獣、白い獅子に触れていた。白く輝く毛並み、さらっとした毛のとても良質な手触り。
北国に於いて犬は食料品であり、毛皮はコートなどに利用される。それらは、経済的に余裕がない庶民の生活に欠かせないものだ。それで常の中には、その認識が刷り込まれている。
「え、犬じゃないの。はくよう?妖の使い?」
グオオォォ、
「常様、離れて下さい。」
獣の咆哮。思わぬ力で緑太が常の腕を掴んで、自分の背後へ隠す。獅子から、ゆらりと怒りの気配が立ち上る。血など流れてはいない、元より血は通っていないのだから当然だ。
「…白楊様、常様に危害を加えてはなりません、紅丸様の選ばれた御方様です。」
緑太が前方に目を据えたまま、強い口調で言う。
「そやつ、人間だろう。そんな弱い者など、紅丸には必要なかろう。」
獅子が応えて喋り始める。常は知らぬ事だが、それは白楊の声だった。
「御怒りはごもっともです。ですが、常様はただ勘違いを為されたのです、それで狩りを…今回の事は私の失敗です。申し訳ございません。」
「ふん、人間は好かん。」
ぷいっとそっぽを向く、まるで人形劇でも見てる様だ。常はぽかんと、獅子の動きを見詰める。
「喋る犬…。」
「失礼な、犬ではない。獅子を知らぬのか!これだから、馬鹿な人間は嫌なのだ。」
獅子に叱られる。犬だと勘違いして、プライドを傷付けた様だ。しかも、いきなり攻撃したのは常の方で全面的に悪い。
「あの、いきなり石投げて済みませんでした。俺は常です。あー、なんて言うのか、獅子なんて幻の生物見た事もなくて、無知で済みません。」
しっかりと頭も下げる。常の前で、緑太の身体が緊張感をはらんでいるのが分かる。白楊本人は此処には居ないが、使いだからと侮れはしない。白楊程の妖であれば、人を殺す事などあまりにも容易だ。
「ふん。」
「常様。私がもっと早く御説明するべきでした、申し訳ありません。」
緑太が謝るので、常は更に申し訳なくなった。
「ごめんな、緑太は悪くないのに…俺がもっとちゃんと考えて行動すれば良かった。冬になるからって思っちゃったんだ。ここは北国じゃないのにな…。そっかこれが獅子っていうのか。かっこいいな…大きくて強そうで、立派だ。」
ツンツンとした態度で顔を背けていた獅子の目がぎょろりと動く。もっと褒めろと言わんばかりに、大きな尻尾がばふっと地面を叩いた。
「そうだろう、犬とは全く違う。立派であろうが。このたてがみを見ろ、この風格を前にして狩りをしようと思うなど、全く愚かな。」
「本当に済みません。それで、…ちょっと触っても良いですか。さっき触れた時、凄い滑らかな手触りだった。あんなに触り心地が良いなんて。」
あの感触を思い出し、へにゃりと顔が緩む。きっと、裕福な家庭の者でも中々味わえるものじゃない。ここに棗が居ればなぁと惜しむ。
「常様、それは危険かと、」
緑太が警戒して小声で注意する。白楊の人間嫌いは、妖の間では有名な話だ。しかし商才があり、紅丸からの命を受け人間相手に手広く商いをしている。
勿論表には出ない、それはまた別の妖の仕事であり、雇用主の正体も知らず働く人間を大勢雇っている。その商売で得た利益は、紅丸の元へも回る。果ての屋敷の主、それは魔物にとって大きく絶対的なものだ。魔物は自分よりも強い存在には、敬意を示す。
「良かろう。乗るがいい、屋敷へ運んでやる。緑太、お前もだ。」
しかし緑太の予想に反し、意外にも機嫌は持ち直した様だ。
「え、本当に!有難うございます。えっと、はくよう。」
どうやって乗ろうかと、常が緑太の背後から獅子を窺う。
「では、相乗りさせていただきます。常様、失礼します、」
そう言って、サッと膝裏と背中に腕が回り、一瞬後には横抱きにされた。
「わっ!ええっ、」
「口を閉じて下さい、舌を噛んでしまいます。」
驚く常に注意して、体格差や体重の差など全てを無視して、少年が大人を軽々と抱いて地を蹴る。凄い跳躍力、あっという間に獅子の上に乗り、常をそっと下ろす。柔らかな毛並みに足が埋もれる、
「大丈夫ですか。」
言葉もなく、こくこくと常は首を縦に振った。矢張り、魔物。緑太の力の一片を見て、今更ながらに実感した。
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