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旅立ちの朝は、ボロ家で朝食を
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「黒鉄さん、マリンさんから貰ったベリーパイ食べませんか。パンと豆スープも用意したんですよ。」
棗に朝食を勧められ、黒鉄は頷いた。二人が居るのは、常と棗の家であるボロ家だ。もう二度と此処へ帰れないのならと、家の中の片付けと近所への礼をして出たいとの棗の希望により、昨晩はこの家に泊まった。
狭い家事情でベッドは一つしかなく、外で寝ると言う黒鉄を、棗は北国の冬をなめたら駄目だと説得して共に寝た。勿論魔物はその程度では死なないが、棗にはそんな知識も無く、前日既に黒鉄が城の塔の天辺で野宿していた事実を知らない。
「飲み物はコーヒーでもいいですか。」
「ああ。もっと気楽に話してくれ、一緒に住む事になるんだからそんなんじゃ気詰まりだろ。既に一人、敬語の奴も居るし。ところで、その薬湯まだ飲むのか?」
黒鉄は、二人掛けの小さなテーブルの上に置かれたカップを指差した。もう、棗の病いは消えた。紅丸が治したから、完璧に取り除かれてる筈だった。
「へへ、毎日飲んでたから、癖でつい淹れちゃって。」
「苦いだろう、このコーヒーと変えるか?」
「ううん、大丈夫。慣れてるし、この苦味も嫌いじゃないよ。」
「そうか、」
黒鉄は、二日程かけて夜は宿を取りながら、空の旅路を進もうと考えている。前回の屋敷に連れて来られた時の常を見て、人間には魔物と同じスピードは酷な仕打ちだと学んだ。
「ところで…もう少し荷物は小さくならんか。」
どでかい布を継ぎ接ぎした風呂敷に、毛皮や何かの薬草がはみ出している。よくよく見れば、下の方には保存食の袋の銘柄が見えた。
「えっ!…やっぱり駄目かぁ。東国の冬って、毛皮のコート要らないの?この前、トキワと僕の新調したばっかりなんだ。」
しかも、この荷物は二人分だった様だ。道理で、でかい筈だと黒鉄は呆れた。
「衣類の類いは全て向こうで揃えるから、旅の着替え以外は置いて行け。それからその薬草もだ、これから住む山には色々自生してるし、食糧も必要ない。」
「分かった。じゃあ全部売ってくる、ご飯を食べながらちょっと待ってて。」
そう言って、か細い体でよいしょと背負おうとして、全然動かせなくてウンウン言っている。
「待て待て、オレが手伝うから先に朝食を食おう。」
「…うん。有難う黒鉄さん。」
一人では到底無理だと悟り、棗は最低限必要な物を頭に浮かべながら、朝食の並ぶ小さなテーブルについた。
紅丸は、常の隣りで掛布団の上に横たわり、静かに眠る顔を見ていた。今日は寝言も無く、すうすうと規則正しい寝息を微かに立てている。
「常、まだ起きないのか。」
濃い紺色の髪を撫でる。真っ直ぐで癖のない髪は、さらさらと紅丸の指の間を抜け枕に散る。もう、昼も近い。しかし常の眠りは続く。
「紅丸、入っても良いか、」
部屋の中に大きな獣の影が差した。縁側の障子の向こうから白楊の声がする。
「いや、俺が出る。」
紅丸は起き上がると、名残惜しく常の頬を撫で部屋を出た。縁側を歩き出すと、白獅子も後ろを付いてくる。
目指す茶の間に入り、先に座卓の前に座った紅丸に続き、白獅子は案外器用に、肉球の付いた足で障子を閉めて向かいに座した。
「何だ、仕事の話なら昨日聞いたろ。」
「…常の事だが、あれを嫁に迎えるとはどう言う事だ。私には男に見えるが、」
「何だそんな事か。大丈夫だ、あれは子を成す事の出来る身体だ。魔法を掛けられ、そういう造りになっている。」
「道理で、何やらおかしな雰囲気だと思うた。あれの身体は、男なのに女の匂いがする。下等な人間には興味も無い故、その様な技がある事は随分昔に耳にした事はあったが、」
獅子が、牡丹の間のある方向を見詰める。常の気配を探っているのだろう、もしかしたらその匂いをも感じているのかもしれない。今の白楊は、白獅子を通している為、普段よりも嗅覚が優れている筈だ。
「ああ。こればかりは、俺にも出来ぬ技。女の身体を持たない魔物には、あれは造れんからな。」
勿論、造れない物は解く事も出来ない。しかし、それは常には言わなかった。あれ程に嫌がっているのに、解く事が出来ないのを知らせてはまずい気がした。黒鉄にも、あまり追い詰めるな、とにかく気に掛けてやれと再三言われている。
紅丸にしては、珍しく空気を読んでいる。いや、むしろ自分にとって好都合故に読めたのか。
「ふん、弱い人間ごときに骨抜きになどなるな紅丸。お前はこの私より強く、どの魔物よりも強い。弱味など、あってはならぬ。」
「弱味、か。」
「そうだ。跡継ぎが要るなら、あれを支配しろ。そして子を産ませ、此処から早々に追い出せ。全く、人間臭くてかなわん。」
紅丸を見ていた視線が逸れる。鼻をすんすんと鳴らし、また牡丹の間を気にする。
その様子に言葉通りの事と、その裏にある何かを感じた。それはまだはっきりとはせず、じわじわと紅丸の心に靄をかける。
「そんなに嫌な匂いか、俺は好きだが。牡丹の様な香りだろ、」
「牡丹…、」
「そうだ。常が動けば良く分かる。鼻が効くならもっと近くに寄りたくなろう…魅惑的な匂いだ。」
「ふん、そんな花の匂いなど知らぬ。」
ふいっと牡丹の間から顔を背ける白獅子。そう言いながらも、匂いを気にしている様だ。
向かい側に座る、色の違う双眸が細まる。途端に変わる空気の色。紅色の唇がゆっくりと口角を上げて、不穏な気配を醸す。その妖気は、白獅子の向こう側にいる白楊に迫った。
「そりゃ良かった。あれは、俺だけの花だ。手出ししなけりゃ、文句の一つも大人しく聴いてやろう。」
「……心しておこう。」
白獅子は、いや白楊は、常の匂いを辿るのを止めた。
白楊が思うに、紅丸の気持ちは既に取り返しのつかないところまで進んでいる。これでは、今までの確固たる強さが揺らぐのではないか、紅丸には微塵たりとも弱さを持って欲しくない。それも全ては、あの変な雰囲気と匂いを纏う人間の所為だった。
もっと近くに行き、あの変な男を探らなければ。そうすればきっと、何か打開策が見つかるに違いない。白楊は、使いを通してではなく、己自身がこの屋敷を訪れるべきだと、固く決めた。
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