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互いの、心と身体
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常の眠りが浅くなり、やっと目覚めたのは白楊の使いが去った後だった。ぼんやりと天井を眺めた後ゆっくり瞬く、ナツメと音にならずに唇が動いた。
「…そうか、ここは果ての屋敷だ。」
どちらが夢でどちらが現実なのか、常の眠りがその境界線をあやふやにし始めている。常には、幼少期に家族や親族、それらに纏わる全てを失っている過去が有り、今回の突然の棗との離別には、もう耐えれるだけの心の強さが無かった。日を追うにつれ、帰る希望を絶たれる度に、眠りが安らぎの場となり現実と取って代わる。そうして、辛うじて常を生かしていた。
「はぁ…、着替えないと。」
怠い体を起こし、布団を畳むと脇へ寄せた。帯を解き、寝衣を肩から滑らせる。湯浴みの時に外して袂に入れていたペンダントの重みで、片袖が畳にあたり微かな音を立てた。しかし、常は気付かずにいる。
用意されていた洗い立ての襦袢を着て、吊るしてある衣紋掛けから着物を抜いたところで襖が開いた。
「漸く起きたか、」
「紅丸、帰ってたのか。」
紅丸は着替え途中の常を見て頷くと、それから畳の上に脱いだままの寝衣に歩み寄った。先程耳にした音の正体を取り出す為に屈んで袂を探る。それを見て、常はハッとした。すっかりペンダントの事を忘れていたのだ。
紅丸は目的の物を持って立ち上がり、銀色の鎖の部分を手から垂らして、大振りの水色宝石が揺らぎながら輝きを放つのを見詰める。
「ずっと身に付けるには、ちと重いか。」
「え…ああ、うん。折角貰ったのにごめん、普段装飾品とかしねえし肩凝ってさ。それに、慣れないせいか肌に擦れて痛むんだ。」
そう言う常の鎖骨の下、襦袢の合わせ目から覗く肌が赤くなっている。常は、高価なペンダントを貰っておいて、肌身離さず身に付けていない事で怒らせるのではと身構えた。紅丸がペンダントを袂にしまって近付く、反射的に肩を縮めてギュッと目を閉じた。
「赤いな。」
ひんやりとした指先がそっと触れる感触、思わぬ優しさで表面を撫でる。そうされると、その場所からは赤みが消え去り、感じていた肌の痛みすら無くなった。そろそろと閉じていた目を開ける。
「…怒ってねえのか、」
「何故?怒る必要などないだろ。寧ろ、こんなに赤くなるまで気付かずにいた事に、それを我慢させていた事が腹立たしい。」
思わぬ事を言われ、常は顔が赤くなった。怒られると懸念した事も、こんなふうに気遣われている事も恥ずかしかった。顔を両手で覆って、頬の熱さを冷ます。
「常、如何した。」
「あ、あの…有難う。もう痛くなくなった。」
手の甲に、そっと紅丸の手の平が重なる。寝起きの常よりもずっと冷たく、頬を冷ますには丁度良さそうだった。常が自分の手の平をずらして、紅丸の手の平に場所を譲る。
「ああ、熱いな、」
「うん、冷たい、」
繊細な壊れ物を扱うかの様に、触れた頬をなぞる指先、常は好きにさせて目蓋を閉じた。その薄い目蓋も、眉も、鼻も、形を確認する様に動く。最後に唇の形を辿り、また頬へ戻る。
「綺麗だ、」
冷たい息が触れる程近くからの声。思わぬ距離感に、常は閉じていた瞳を開こうとしたが、気を変えてそのままに留めた。紅丸の唇が、思った通りに優しく重なる。
一度目よりも長く触れて、常の唇の形を今度は舌先がなぞった。
「ん、」
ぴくりと身体を揺らしたのを感じて、紅丸は名残惜しくも離れる。先を考えず、本能のままに行動するなら、ここは引かずに強引に進んだだろう。しかし、紅丸は常の変化に勘付いた。
常はもう、紅丸の事を頑なに拒んではいない。現に、少しづつだが身体を預け始めている。それならと、紅丸も無理を通すのは止める事にした。互いの気持ち、それを伴わなければいけないと言ったのは常だ。
「嫌だったか、」
「えっ、えっと……、」
常は今度こそ目を開けて、困った様に口籠った。嫌では無かった、寧ろ気持ち良く感じて、唇をなぞられ身体が少し反応してしまったのだ。随分と久し振りに下半身の熱を思い出して、今もどきどきしている。
「嫌だったのなら、なるべく控える。」
「違っ、いや、あの、……嫌じゃない、から。」
最後の方はごにょごにょと、尻窄みで言う。また恥ずかしくて、顔が赤くなった。
「そうか、…また顔が赤くなっている。」
「う、」
常は急いで顔を両手で覆った。男相手にどうかしてると自分でも思うが、一度高鳴った胸の鼓動は止めようも無く、常の気持ちを紅丸へ傾け始めている。それは、身体の変化と気持ちの同調が始まっている兆しでもあった。
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