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魔物と人間、二人旅
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行く手に黒い雨雲が迫っている。黒鉄は休憩の為に降りた街で、棗と遅い昼食にする事にした。
「黒鉄さんはどんな食べ物が好きなの?」
市場の中の立ち並ぶ露店を見て、棗は何を食べるか迷っている。空路はもう無理だろう、ならば陸路をと思ったが、日に一本しかない東国行きの高速馬車は既に出た後だった。
「そうだな、人の食べ物ならば饅頭だな。」
「饅頭…あ、昨日は有難う。饅頭って美味しいね。でも、人の食べ物じゃないなら何を食べるの?」
興味津々、魔物など早々知り合う機会もない。棗は少年の無邪気さで、その恐ろしさをよく分かっておらず、城の中で紅丸がやった事も見ていない。貧しい家庭事情で学校へも行けず、実際、北国では学校に行けるのは限られた富裕層の子供達で、棗の様な事情の子が多い。その事もあり、友達と何かの噂話や情報交換をする機会は無かった。本来なら怪談話の延長で恐れられる、魔物の話題には触れた事すらない。
それでも棗は読み書きが出来るし計算も得意、薬草について言えば相当な知識を持っている。それは常の高い教養からなる知識のお陰で有り、隣の薬屋の店主、それから宿屋に泊まる旅人達の気紛れな優しさのお陰であったりした。
「主に宝石だな。本来、魔物は宝石が一番の好物だ。」
「そっかあ。あ、宝石ならいっぱい有るよ、昼食は宝石にする?」
「そうだな、そろそろ食っとかんとまずいな。」
瞳の色がそろそろ元に戻る。日帰りで帰るつもりだった黒鉄は、宝石の持ち合わせが無かった。棗の言葉に甘える事にする。
「あ、僕はあれを買おうかな。トキワの好物なんだ。トキワってね、甘い物が大好きなんだよ。黒鉄さんと同じだね。」
栗の匂いとナッツの香ばしい匂い、微かにシナモンのスパイシーな香りが漂う露店へ行く。焼かれた丸く平たい薄い黄色の生地、中には黒砂糖と栗とナッツ、それにシナモンを練った餡が入っている。全て保存の利く材料で作られる北国庶民の冬のおやつだった。
「ふむ。饅頭に似てるな。」
「うん、美味しいよ。黒鉄さんも食べる?」
黒鉄が頷くと、二人分を購入して熱々を食べながら歩く。ポツポツと懸念していた雨が降り始め、目に付いた近くの宿屋に入ると、昼間の時間帯だからか空きがあり、二人部屋を無事に借りる事が出来た。自分達で二階に上がり、鍵の番号と部屋番号が同じ扉を開く。
「わあ、宿って広いね。」
「そうか?」
実の所、普通の宿だが、ボロ家暮らしの身には十分に広かった。黒鉄にしてみれば、一人用のベッドが窮屈なサイズに見える。東の果ての屋敷を見たら、きっと棗は驚くだろう。それを思うと、何だか楽しくなった。
部屋の隅に荷物を置いて、窓際の小さな木のテーブルに腰掛ける。棗は宝石を入れた布袋を大きく開いて、中身が見える様に黒鉄の前へ置いた。
「どれでも好きなの食べてね。」
沢山ある宝石の中には、特別な輝きを放つ最高級の石も混じっているのに、全く気にせずに差し出す。黒鉄は味に関しては煩くない、だからこの中で一番安いヒビ入りの、くすんだ青い石を手に取った。
「え、それでいいの?これが美味しいんじゃないの?」
棗は水色の石と、檸檬色の透明な石を指した。鈍い明るさしかない窓の下でも、美しくきらきらと光る。これは役所で手に入れた、金庫に置かれた物の中で一番に高い宝石だった。どちらも同等の価値が有る。
「いや、オレは大味ってやつらしいから、どの宝石も美味いんだ。どうせ食ったら無くなる、ならこれで良い。」
そう言って、目の前に翳す。良く良く見る、そして口の中に放った。ぼりぼり、歯応えはかなりの物だろうが何とも無い様子で口を動かす。
「うわぁ…、凄いね。」
棗は大きな薄茶色の目を更に大きく開いて、じっと見る。不思議だった、何だか自分も食べれそうな気になり、どの宝石が美味しそうか改めて袋を見た。
「黒鉄さん、僕はこの苺みたいな赤い物が食べ」
顔を上げて、ぽかんと言葉を失う。目の前の黒鉄の、密かに素敵だと思っていた薄い緑の瞳が変わっている。先程見た、くすんだ青色。
「黒鉄さんっ!目の、目の色が、大変な事に!やっぱり安いの食べたら駄目なんだよ、食あたりだよきっと!」
パニック、薬草は手元に無い。どうすれば良いのかと、食あたりに効く薬を次々と思い浮かべる。
「いや、オレが変えたんだ。」
「え、ええっ!変えたの?」
「そうだ。そもそも、俺の目は緑ではない。前のも、宝石の色を目に入れたんだ。」
「なんだぁ。そうだったの、…びっくりした。そんなことも出来るなんて、魔物って万能なんだね。」
「いいや、万能ではない。」
「ううん、凄いよ。特殊技能者だって、自分には能力を使えないんだよ。僕から見たら、万能だよ。」
それならば、もっと違う色の宝石を渡せば良かったと、次は棗が好きな色を選んで渡そうと勝手に決める。それで、すっかり本当の瞳の色を聞きそびれてしまっていた。
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