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宿屋の夜、屋敷の夜
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「黒鉄さん、ベッドをくっ付けて斜めに寝たら如何かな。」
黒鉄の身長では足が少しはみ出るベッド。簡素な造りで木枠などは無い為、二つをくっ付けてしまえば、棗の提案通り斜めに寝れる。それぞれの毛布と掛け布団を半分づつ重ねて、小柄な棗は黒鉄の脇に収まった。
「ふむ、これは良いかもしれんな。」
「ね、そうでしょ。うちのベッドに寝た時も、足を折り曲げて窮屈そうにしてたから気になってたんだ。」
夕飯も済ませ、宿の共同風呂に入ったばかりの棗の体はぽかぽかしている。対する黒鉄は風呂上がりだろうと、ひんやりとして体温を感じない。かといって凍える冷たさはなく、触れた場所はじわじわと棗の熱が移った。
今の黒鉄は和装ではなく、北国の服を着ている。棗と同じ様な簡素な綿シャツとズボン、北国独自の暖かな肌着。着替えと金の持ち合わせがない黒鉄の為に、棗が昼間に露店で購入した物だ。
旅の路銀は全て棗が持つ事に決めている。棗にすれば、果ての屋敷へ連れて行ってくれるだけでも有り難いし、更にはその家主に同居を取り付けてくれた事には感謝のしようもない。このくらいでは御礼にもならないと思っている。
「明日は雨が止むといいな。空を飛ぶの好きなんだ、遮る物がなくて早いし、何より気持ち良いし。うふふ、鳥になった気分だよ。」
不思議な漆黒の番傘。それを持つ魔物に抱えられて飛ぶ、棗には夢の様に楽しい体験だ。出来れば、馬車には乗らずにずっとそうして移動したいと願う。
「そうか、確かにあれは鳥だが。」
「え?」
「あの傘は鴉だ。オレの使い魔。」
「ええっ?」
まさか、まさかの本当の鳥だった。棗の想像よりも、魔物は不思議な魅力に溢れている。布団の中で、少年の瞳がきらきらと輝く。明日の黒鉄との旅路が、とても待ち遠しかった。
「った、…痛、…痛たた…、」
夜半、最近は昼過ぎまで起きる事のない常は、体験した事のない痛みに目が覚めた。布団に横になったまま足を抱え、背中を丸める。手の平は痛みの発生源である下腹部を抑え、痛みをやり過ごそうとした。
「う、…腹壊してんの…かな、」
そう考え、食べた物を思い出す。今日は昼過ぎに起き、緑太に勧められて出来立ての栗おこわの握りを持って、紅丸と散歩がてらに外で食べた。それが傷んでいたとは思えない、ならば食べ過ぎたのか。今日は、いつになく美味しく感じて一個完食したのだ。
「っ、」
走る鈍痛を騙し騙し、そろそろと身を起こす。途端にどろりと流れる物を感じた。内腿を伝う、その感触。中から、何かが…。
恐る恐る、もう既に青い顔色で、震える指先が確認の為に寝衣の裾を開いた。
「あ、ああっ、」
障子越しの月明かり、手の平で掬い取るとべっとりと広がり、常の気持ちを絶望させる。黒い液。鉄の匂い。正体が判りながら、解りたくも無い。
よく見れば、寝衣は腿に触れた辺りが点々と染まっている。布団にも沁みてはまずいと、常は畳に這って出た。
「嘘、嘘だろ、だってこれって、女の、」
蒼白、正にその顔色。よく考えずとも、常の身体はその性別を所有している。己の身に起きた事が俄かには信じ難い、しかしそれは、マリンの魔法の為せる完璧なまでの技だった。
「早く、早く魔法を解かないと…。」
どう言えば、紅丸は承諾してくれるか。嫁にすると言っていた事を思えば、易々とは解いて貰えるとは思えなかった。不安で泣きそうになり、堪えようとしたがぽろりと涙が零れゴシゴシと袖で拭う。
人の血の匂い、その効果が魔物にとってどんな物かなど常は知らずにいた。幸い出始めたばかりで少しのシミしかない、誰にも知られぬうちに衣を洗わなければと、風呂場を目指して立ち上がろうとした。はっと動きを止める、廊下を急ぐ複数の足音が側に来ていた。
「常っ!」
「常様っ!」
襖が開き、紅丸と緑太が入って来る。ほんの微かな筈の血の匂い、それすらも魔物には直ぐに判別出来る。眠りの深い常が起きているとも知らず、何があったのかと心配で駆け付けていた。
北国の王城で嗅いだ老秘書の血など幾らでも捨て置けるが、常は紅丸にとって特別に魅惑的な匂いを放つ。それが血であれば、体臭の比ではない。人の身である常には分からないが、辺りは蒸せ返る程の牡丹の香が満ちていた。
緑太もくらりとして、慌てて吸うのを止めた。呼吸などせずとも死にはしない。主の大切な方に、自分が酔うなどとんでもない話だ。
「…如何したんだ、血が出ているだろう。怪我でもしたのか。」
予想に反し起きていた常の側に屈んで、なるべく穏やかに話し掛けるが、紅丸はらしくもなく眉を顰めていた。
「っ、」
常の様子が何処かおかしい。畳の上で中腰の姿勢のまま、返事もせずに言葉を詰まらせている。
「如何した、どこか痛むのか?」
その言葉で常は、思い出した様に下腹部を抑えた。緑太はその仕草を見てはっとした、腿の辺りに血が滲んでいる。思い当たる節があり、寝床を見た。寝皺が出来たシーツの上、腰の辺りの位置が微かだが染まっている。恐らく間違いない。そうであれば、これは紅丸にとっても緑太にとっても目出度い事だ。
「紅丸様、ご安心下さい。怪我では御座いません。暫くの間、私に常様を任せて下さいませんか。気持ちが落ち着かれたら、話が出来る様になられると思います。」
腹部の痛みを緩和させる薬草の調合を考え、湯浴み、代わりの着替えと布団の用意、頭の中でやるべき事を並べる。勿論、女性に必要な物もぬかりなく揃えてある。緑太は御方様を迎えるにあたり、その準備を整えていた。
「…分かった、任せる。」
紅丸が、部屋を出る。その途端に、常は強張っていた肩から力を抜いた。緑太が側に寄ると、中腰の姿勢からへたりと畳に腰を着いた。
「あ、…ごめん。汚したかも、」
慌ててまた腰を浮かせ、常は泣きそうな顔で緑太を見た。もう、頼れるのはこの少年の様な魔物しかいなかった。
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