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その領域は、人のものなりて
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湯上り、常の見た目は平素の様に整った。別の寝衣を身に付け、用意された女性特有の下着と日用品を身に付けている。その違和感が、常の気持ちを益々落とす。
緑太は有能な働き手だった。常の状態を正しく見抜き、言わずとも必要な物を全て整えてくれていた。これが別の事であれば、もっと素直に緑太を褒める気になっただろう。しかし、今の常は羞恥心と物憂い表情で重い口を開いた。
「有難う、あの…ごめんな。」
「いいえ。これは薬湯です、腹の痛みを緩和するので飲んで下さい。」
新しく整えられた布団に横たえていた体を起こす、渡された湯飲みに湯気を立てる褐色の薬湯が揺らぐ。薬草の香りがする、苦味を覚悟してふうっと冷まして口に含んだ。
「ん…あれ、意外と美味い。」
「はい。なるべく美味しく飲んで頂ける様に、調合を工夫致しました。」
「へえ。凄いなあ、ナツメと話が合うよきっと。ナツメも凄く薬草に詳しくてさ、薬屋のバイトもしてるんだ。元気かな、…黒鉄に様子見を頼んだけど、まだ帰って来ない。」
口にはしないが、もしや棗に何かあって黒鉄の帰りが遅いのかと気にしていた。薬湯を飲みながら、棗を想う。
「黒鉄様は他の用があり、寄り道をするとの事です。後しばらくすれば帰って来られます。それに、とても強い方なのですよ。何かあっても、ご心配には及びません。」
棗が黒鉄と一緒にこの屋敷を目指している事は、まだ常には秘密にしてある。棗自身が、常を驚かせたいからと頼んだのだ。
「そっか、良かった。…ところでさ、緑太は紅丸みたいに魔法を解く事って出来るのか?」
「それは、…もしや、」
紅丸に聞いていないのか。緑太は魔法を解く事はそれなりに出来る、しかし常に宿る術を解く事は、魔物の身では誰も出来はしない。
「うん、あのさ、こんな事を頼めるのって…もう緑太しかいないから。お願いだ、俺の魔法を解いてくれないか。」
常は空の湯飲みを盆へ置き、布団の側に座る緑太に詰め寄った。鶯色の着物に包まれた膝に触れんばかりに、頭を下げる。
「それは、出来かねます。」
「如何してっ!あ、もしかして紅丸に止められてる?怒られんのか?」
その必死な様子に、緑太は背を屈め落ち着かせる様に、そっと常の肩に手を置いた。
「いいえ、違うのです。…常様、魔物は総じて男であり、女の性を持ちません。それ故に、それを造り出す事も消す事も出来ないのです。それだけは私達には触れれぬ領域、人の領域なのです。」
「嘘だろ、そんな…だって紅丸はわざと残したって!他の魔法は解いたのに、それだけは残しておいたって!」
膝立ちの常に縋られ、緑太は無言で首を振った。それは、紅丸なりの気遣いだったに違いない。自分の意思で残した様に見せ掛け、真実を隠したのだ。
「もう、戻れないのか…、」
力を無くし、緑太の着物を離れる手。畳に座り込み、空を見つめた瞳が不安定に揺らぐ。黒目の潤みはやがて、溢れそうに縁で留まった。肩を落とし、顔が下へ定まる。俯いた先の畳に、ぽたり、ぽたりと、儚く零れ滲み出す。
「誠に、力になれず申し訳御座いません。」
緑太には喜ばしく感じていた事が、常にとって、これ程までに受け入れ難い事だとは思ってもみなかった。
いつもは明るく振る舞う常の、打ちひしがれたその様子に心が痛む。この先、その身に待ち受ける事態を憂い、緑太は深く下げた頭を上げる事が出来なかった。
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