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おいでませ、素晴らしき屋敷へ
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高台の屋敷は、広大な所有地の中に建っていた。さすがに人間嫌いの白楊の住処、隣接する家など許せぬと言わんばかりの構えだった。
西国の頑丈な石造りの三階建ての建物。まるで王城かと勘違いする程の豪華な装飾と、彫刻、四国の中で一番の工業技術を有する西国の知恵と建設費用が惜しげも無く詰まった洋館だった。
「さあ、着いたぞ。魔法を使う特殊技能者が見付かるまで、特別に私の家へ住まわそう。」
アーチを描く屋根の付いた玄関前に白獅子が伏せ、白楊は常を抱えたままで難なく飛び降りた。しかし主人の帰宅だというのに出迎えの者は、頭を下げひっそりと立っている秘書だけだった、
「お帰りなさいませ、」
下げた頭の中で、秘書はどうした事かと、この珍事に驚いていた。人間嫌いの主人が、よりにも寄って人間を連れている。
「ああ、赤月。これは常、暫く屋敷へ泊める。後でお前に手配を頼みたい事がある、」
「承知致しました。」
常はその会話をまともに聞く余裕もない。あかつきとは誰だと思いながら、白獅子の腹に背中を埋めた。地面に足が着いた筈だが、酔った様に足がふらつき、目眩が起きて満足に真っ直ぐ立ってもいられない。顔色も青かった。
「さて、お前には見晴らしの良い部屋を与えてやろう。美しい湖が見える部屋だ、ああ…そうか目が見えぬな、しかし、風を感じる事は出来よう。」
常の様子には御構い無しに、白楊は休んでいる腕を掴んで身構える間も無い体を振り回した。屋敷の広い廊下をいつもの速度で引き連れ歩く、常はあちこちに躓きながら縺れる足を何とか動かした。唯一の救いは、鈴の音が聞こえる事で白楊が動くのが判じれる事だった。
「白楊、待って。あっ、」
とうとう段差で派手に転んだ。頭を打たずに済んだのは白楊が常の腕を握っていたからだが、それでも豪華な大理石は固く、常の足を強かに打った。見えぬ目に思わず涙が滲む程の痛み、
「う、うぅ、」
蹲り、呻く。運悪く石の継ぎ目で皮膚を切り、血が滲み出した脛に探りながら手を当てる。薄青の寝衣にも染まり、常の傷がそれなりに深い事を示した。
「如何した。その様に血を流しては、お前の匂いが屋敷中に満ちるだろう。」
白楊は、視覚に頼らずとも不自由のない自分と同様に考えていて、まるで配慮が無い。
「血が…もしかして結構出てるのか。床を汚してごめん。」
常には足の怪我の深さも正確には掴めず、せめて圧迫止血をしようと手でぐっと抑える。ちゃんと傷を抑えているのか、まるで止まる気がしない、見えない事がこんなにも不安を伴うとは。
「何だ、まだ治らぬのか。ああ、人とはこんな傷も癒せぬ程の弱い者であったな、私が止めてやろう。」
白楊は常の手を退け足を撫でた。途端に痛みは引き、血の跡を残して傷は消え打ち身の鈍痛も無くなった。しかし、体調が悪いのは変わりない。
「あ、有難う。足は痛く無くなった。」
「さっさと身を起こせ。…赤月、ここは後で掃除をしておけ。さて、今は匂いを消しておこうか、」
チリリンと鈴が鳴り、取り出しざまに広げた扇子で空気を掃く。心得た赤月がさっと廊下の窓を開け、途端に牡丹の強い香りはそこから出て行った。
「白楊、あの…少し歩調を緩めてくれないか。」
常は床に手を着けて、ゆっくりと立つ。体が少し前に傾いた、下腹部の痛みと頭痛。更には目眩。
「何故だ。怪我は治してやったであろう、」
「…怪我は治ってるけど、人は目が見えないと歩くのも大変なんだ。」
「ふん。全く、世話ばかり掛けおって。お前には、誰か世話係を付けておく。四六時中側に居るほど、私は暇では無い。」
「それなら、…女の人を、」
決して下心からの発言では無い、今の常の身体の状態から女性が適任だと判断したまでだ。それに色々と、女性ならではの品を用意して貰わなければならない。
「ふむ。確かに、今のお前は女の気配が強い。女の働き手の方が良かろう。」
白楊が頷く。改めて常を見れば、白獅子を通して会った時よりも格段に女に近い。身体つきも一回り細く感じた。
「赤月、早急に下働きの女を連れて来い。では行くぞ。」
その言葉でまた腕を引かれる。常もふらつく足を上げたが、段差は思ったよりも高くまたもや転びそうになった。
「あっ、」
覚悟したが痛みは来ない、代わりに滑らかな布に頬が触れた。咄嗟に常の背中を抱き留めた腕は白楊のものだ。
「埒が明かぬ。」
わっ、と声を上げた常を片手で肩に担ぐと、白楊はさっさと三階へ向けて階段を登り始めた。常が躓いたのは、長く緩やかな螺旋階段の一段目だった。
二人が去り、三階まで登り切ったのを確認したところで秘書は床に落ちた血を拭い、廊下を歩き出した。
「さて、下働きの女を一人用意しなくては、」
主人は気難しい魔物で、秘書をしている魔物の彼には足元に及ばない程の妖力がある。赤髪の彼の仕事は屋敷の管理や主人の世話、そして仕事の補佐…主に人間との調整役だ。それを全て一手に引き受けている。しかし、魔物である彼にとっては大した事もない。
「それから、何か手配を頼みたいと仰っていたな。」
彼は、今日も忙しい。しかし、主人の珍しい客人に少し気持ちが浮き立った。彼は人間が好きな妖なのだ。でなければ人間嫌いの主人に代わり、人間との交渉など面倒な仕事が出来ようもない。
「常様は目が見えないとは、残念だな。この屋敷は素晴らしいのに。」
暫しの滞在、その間を不自由無く過ごして貰えればと赤月は思った。
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