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旅の再会、新たなる約束
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昼食を食べた黒鉄と棗は、地元の人で賑わっている食堂を出て裏通りの方へ向かった。
キョロキョロと辺りを確かめた棗は、厚手のシャツとズボンとマントという自分と同じ北国の格好をした黒鉄に頷いた。
「誰も居ないよ。今の内、」
言われなくとも人の有無など分かっていたが、棗がわざわざ確認してくれているので自由にさせる。
「うむ、」
頷き返した黒鉄は腕をマントの中で背中側に回すと、マントとシャツの隙間からおもむろに黒い番傘を取り出した。衣装は違えど相変わらずの技、棗はどきどきして大きな瞳を更に大きくしている。その番傘の出てくる隙間の謎が好奇心を刺激する。
「宜しくお願いします。」
細い腕が首に抱き付くと、当然とばかりにしっかり支える腕の逞しさ。安心して体を委ね、棗は手袋をはめた手と手を重ねた。
「さて、出発するか。」
開いた番傘の下で二人は頷き合った。それが合図となり、ブーツを履いた足が地面を軽く蹴った。茶色のマントが翻る、棗の大好きな空路の旅が再開された。
常は、生理的欲求で目を覚ました。しかし何も見えぬ闇、手の平で自分の周りを触る。昨日の記憶通りのサラサラとした絹の感触、ここは白楊の屋敷の一室、常が昨日眠りについたベッドと同じだった。腕で体を支えて身を起こす、
「緑太?紫さん?」
名を呼ぶ、しかし返事が無い。ゆっくり広いベッドを探りながら端に向かう、確かベッドの隣りに体を支えるのに丁度良い高さのチェストが壁に寄せて置かれていた筈だ。昨日紫と共に辺りに触れて回って確かめた。
そこに掴まって降り、壁を伝いながら進んで二つ目の扉…そう考えながらやっと探り当てたチェストに手を乗せた。ゆっくり足を下ろす、想像よりも近い位置に、やけに長い毛足の絨毯の感触が裸足へ伝わった。
「あれ、何で?昨日ベッドを降りた時はもっと下に床があったのに、」
疑問には思ったが、生理現象は容赦がない。如何してもトイレに行きたかった。目が見えれば直ぐにでも行ける距離、有難い事に同じ室内にトイレとバスルームが設置されている。そろそろと進んで何歩か行った所で、続く筈の床が無かった。
「わっ!」
有ると信じきっていた床が無かった所為で、急な落差に体が傾き、呆気なくチェストから手が離れ左肩から派手に落ちる。
「う…、」
呻いて絨毯に埋まった横顔を顰めた。幼い子供の様に無防備に転んでしまい、常の全体重を乗せて打ち付けた肩と腕は、じわじわと痛みと熱を持ち始めた。
「常、何をしておる。私の使いだと分からなかったか、そもそも私の名を呼ばぬとは何だ。」
背後から白楊の声。今しがた常が歩いたのは床ではなく、ベッドの下に伏せた白獅子の尾だった。
「白楊…ごめん、紫さんを呼んで。お願い、」
肩の痛み、尿意。もう、一人で立ち上がり進むには諸々の事情で無理がある。
「紫は今出ておる。私がそっちへ向かっている、暫し待て。」
「う、早く、お願い、」
この際、白楊でも構わない。トイレに連れて行ってくれるならば誰でもいい。
「分かっておる。その位の事で一人で立てぬようになるとは全く軟弱な。」
「白楊…、早く。」
ぐっと迫り来る尿意に耐え、白楊の文句も耳に入らない。考えている事はトイレに行く事だけだ。お願い早く、と呟いていると荒々しく扉が開いた。鈴の音と足音、あっと言う間に体が浮く、
「如何した!死にそうなのかっ?」
らしくない慌てた口調、息も荒い。恐らく走って来てくれたのだと、常は痛みと尿意のダブル攻撃に顰めたままの顔で、必死にその体に縋った。
「トイレに行きたい!」
「……、」
常の望みは何の対価も必要とせず速やかに叶った。さすがの白楊も、トイレに同室するとは言わない。
用を済ませ、紫に用意して貰っていて既に場所を把握していた女性用のお助けアイテムも下着にセットし直した。しかし、左肩が痛む。動かせば、ズキンと痛みが走った。
常が壁を伝い、左肩を庇いながらトイレを出る。薬湯の指示をしに赤月の元へ行っている緑太の代わりに置いていた白獅子を伴った白楊が寄って来た。
「痛む様だな、その肩を治してやろうか。」
「えっと、でも対価が、」
困った様に、白楊がいるだろう方向へ顔を向ける。痛むが、我慢出来ない事はない。昨日足の怪我を治して貰ったばかりで、またもや治療となれば対価が要るのではと思った。
「良い。そのくらいは何も要らぬ。」
壁にもたれる常の身を引き寄せ、そっと左肩に触れる。そのまま背に手の平を滑らせた。矢張り昨日よりも細い。その触り心地は柔く、筋肉の在り方が感じれない程だ。まるで女体。
「おい、如何だ。まだ痛む所はあるか?」
「ううん。もう大丈夫、有難う。」
部屋は牡丹の香に満ち、腕の中の身からはまた新たに匂う。くらりと眩暈がし、本能の何かを呼ぶ。白楊は惹かれる様に髪を梳いた、暫くの間散髪に行かず無精して伸びっぱなしの淡い金の髪は、長い指先から離れサラサラと肩に毛先が触れる。
「髪を伸ばすと良い。お前に似合うだろう。」
「そうか?昔は長かったけど、背中の半ばまであったなあ…、」
その頃に棗と出会った。その後、棗の薬代の為に髪を切り売った。常の髪は淡く輝き直毛で美しい、思うより高値で売れて無事に薬を買えた。全て懐かしい思い出だ。
「白楊、魔法を使う特殊技能者は見つかった?」
不意に聞かれ、白楊はハッとした。赤月からは技能者のリストを受け取っている。
「この西国には三名いる。その中で一番近い者の所へ、明日に向かう約束を入れてある。」
「良かった。明日、やっと…、」
魔法を解いたら、如何やって棗の元へ向かうか。見えぬ目では、まだ勝手の掴めない常は自由に動けない。そして何より先立つ金も持っていない。
「あのさ、この目は取り出したら宝石に戻るのか?そして俺の物なんだよな?」
「ああ、そうだ。」
「そっか、」
取り敢えず、金のあてはついた。あの大きさの水色宝石ならば、一個でも十分に帰宅するだけの路銀になる。後は、如何やって見えぬ自分を運ぶのか…、
「白楊。明日もし魔法が解けたら、水色宝石一つで俺を北国の自宅へ連れて行って貰えないかな。」
「お前は果ての屋敷へ戻らぬのか、」
「…家族が居るんだ。俺を待ってると思うから帰らないと、」
家族、その為に常が犠牲にしようとしているものの大きさ。しかしその事は白楊の関心の他だ、それよりも別の事に対して口元に笑みを浮かべている。
「矢張りな、戻らぬと思うておった。」
明日、魔法を解き新たな契約を結ぶ。常の片目を取り出し北国へ送り届ける、そうしたらその家族ごとこの西国の屋敷へ連れ去って仕舞えば良い。そうすれば、常は白楊の側に居るだろう。
「駄目かな、やっぱり水色宝石一つだと安いか?」
ならばもう一つと、常が口を開こうとした。
「良かろう。私は約束は違えぬ。」
明らかにホッとした常の表情。棗の顔を思い浮かべ、見えぬ目が薄く光り焦点の合わぬまま微笑んだ。
「有難う、白楊。」
その、名を呼ぶ声の甘美さに白楊はますます笑んだ。美しく冷たい、魔物の妖艶さが見えぬ水色宝石の瞳に映る。
「明日が楽しみだの、」
「うん。」
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