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明日への期待と、その心中
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紫の買って来てくれた粥と豆腐のデザートは絶品だった。それを買う為に先程は側を離れていたとの事で、部屋で転んだ事や新たな約束の事はわざわざ言わず、常は緑太と紫に黙っている事にした。
「ああ、良くお似合いです。」
緑太の声で喋る蝙蝠が常の周りをくるりと飛ぶ。
「うふふ、素敵ですわ。髪も伸びていらっしゃるから、一度結ってみたかったんですの、」
紫は満足気に、椅子に腰掛けた常の全身を見て頷いた。我ながら、素晴らしい出来映えだった。
「有難う、紫さん。…あれ、髪が何だか複雑にまとめられてる…ん、髪飾りが、」
常の指が髪をそっと崩さない様に触り、今迄やった事もない女性さながらの結い髪を確認する。細いうなじを晒し、編み込まれた淡い金髪に、牡丹の花を模った繊細な銀細工の髪飾りが映える。
「それと…この衣装は袍?」
次に自分の身に着けた服を探る。絹がその指先を容易に滑らせ、所々で糸の塊に躓く。その糸の塊が刺繍だとは予測が付くが、何の柄なのかは判らない。
「ええ。美しい牡丹の花が刺繍してあるんですよ。白楊様がたくさんの支度金を下さったので、買い物が楽しくて仕方無かったです。」
薄水色の絹地に、淡く色付く見事な牡丹。時間が無く既製服だったが、全てが常の為に誂えたかの様に似合っている。ズボンこそ履いているが、それはとても見事な女性用の袍だった。
本人は気付いていないが、今の常の体型は胸こそ無いが女性同様の細さ。勿論髭など生えて来ない、体毛もほぼ無くなった。両性を有し、性別を超えた不思議な魅力と色香。それこそ魔法で得た初花の効果だった。
「何だか、女の人みたいじゃないか?本当は見られないくらい可笑しいとか…、」
常の表情が曇る。それも仕方の無い事で、彼の頭の中では無精髭のだらしない三十路男が無理に髪を結い上げ、似合いもしない豪華な袍を身に纏った姿だった。
先日、果ての屋敷の縁側で見た白楊の麗人振りには足元にも及ばない。はあ…と溜め息が出た。折角紫が頑張ってくれたというのに、素材の悪さを思うと情け無い。
「まさか!常様は、御自分が美しい事を分かっていらっしゃらない。私は、紅丸様に見せて差し上げたいくらいです。」
「そうよ!私の女性としての誇りにかけても、嘘は言っていません。試しに赤月と白楊様にも見てもらいましょう。」
「えっ、いや、それは駄目」
紫は常の話の途中で、さっさと部屋を出て二人を呼びに行ってしまった。パタンと扉が閉じる音に、彼女を止める為に空へと差し出された腕が力無く落ちた。
「あーもうさ、これ見たら白楊が絶対怒るから。機嫌損ねて、明日の約束が延期になったら最悪だって、」
「明日の約束とは何でしょうか?」
蝙蝠は常の向かい側の椅子の背もたれにとまっている。
「明日、魔法を使う特殊技能者と会うんだ。やっと、この魔法を解いて貰える。」
そして、その後は新たな約束を果たして貰い北国へ行く。
「そうですか、いよいよ…。」
未練の無い常の声に比べ、緑太の声は暗い。明日が、常の瞳が永遠に失われるかもしれない日。白楊の魔物としての力量は凄い、しかしながら今ばかりはそれが恨めしかった。
「紅丸様にお伝えしておきます。会えずにいる間も、常様の事を心配していらっしゃるのです。」
「そうか。でも使いすらも、…いや何でもない。」
本人は来ない。それは、勝手に果ての屋敷を出てしまった事を考えれば仕方のない事だとも思う、しかし使い魔すらも来ない。
緑太はああ言うが、ついに呆れ果て、紅丸の常へ向ける気持ちは無くなっているのではないか…。
「紅丸様の使い魔に、お会いしたいのですか?」
常が飲み込んだ言葉の先を緑太が続けた。
「ううん、良いんだ、」
そう首を振り否定する。本当は使い魔でもいい、声を聴きたい、触れてみたい、会いたい。しかしそれは勝手過ぎるというものだ。
心の中にある気持ちを言ってしまえば、北国へ帰る決心が揺らいでしまう。棗と出会った時、この身を犠牲にしても家族として一生守ると誓った。
「はい。」
そう返事を返したが、緑太は独断で常が紅丸の使い魔にでも良いから会いたいと思っている気持ちを伝える事に決めた。
トントン、ノック音と扉の開く音。
「常様、呼んできたわ。…二人共、どうぞご覧下さい。」
常の願いも虚しく、紫の案内で二人は部屋に入って来た。
「わあ、綺麗ですね。」
早速、赤月の世辞が聞こえた。常は苦笑いしてしまう。彼はきっと緑太と同じく、人を傷付ける様な事は言わないだろう。
「ふん。悪くないな。」
「えっ、本当に?」
思わず聞き返す。白楊は世辞などとは縁遠い性格だ、必ず罵りが降ると思っていたのでその言葉は信用出来た。つまり見れない事はない、そういう事だと常はホッとした。これで明日の予定は大丈夫だろう。
「まあな、」
そんなに顔を赤くして何照れてんだと、赤月は主人の横顔を盗み見る。分からないでもない、さすが果ての屋敷の御方様だと認めざるを得ない美しさだ。
しかし白楊様、この方は駄目ですよ。
後で釘を刺しておかねば、こうなってはこれも引っ括めて秘書の仕事だろう。明日はいよいよ約束の時、それが終われば紅丸に返さなくてはならない人なのだから。
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