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夢の我が家へ、おかえり
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使い魔が屋敷に着いたのを察した緑太が、一人で縁側に出て来た。鴉は黒く光る風切羽で空を切り、颯爽といろは紅葉の枝に着地する。
「黒鉄様、旅路は順調でしょうか、」
「ああ、今は東国に居る。明日には到着するから、その報告の為に使いを飛ばした。常は居るか?棗に饅頭を渡した事を言っておかんと、」
「…常様は、此処にはいらっしゃらないのです。」
「紅丸と一緒に出掛けてんのか?」
「いいえ。常様は白楊様と両性の魔法を解く為の契約を結ばれ、今は西国の屋敷に。」
緑太の声はいつもの様に静かだが、声音が少し暗い。現状を憂いているのだと、長い付き合いの黒鉄は察した。
「何でまた、そんな事になってるんだか。よりにも寄って白楊とはなあ、よくあの人間嫌いが契約結んだな。」
「…ええ、白楊様は常様を気に入られた様子、屋敷でも手厚いもてなしをされてます。」
「ほう…そりゃ、」
不味いな、と続けそうになって口を閉じる。緑太がどう感じているか分からないが、白楊が人間を気に入り手厚くもてなす、それは紅丸と共通する思いが根底に有るのではないかと思えてならない。
黒鉄から見れば、あの二人は似たところがある。好きなものが似通うという事はないだろうか、
「で、紅丸は?」
「お出掛けになられてます。」
「そうか。まあオレの出る幕じゃ無いだろう。明日は予定通りこの屋敷を目指す。」
黒鉄が手を貸せば、白楊の気分を損ねるに違いない。ただでさえ一方的に嫌われている、気難しい相手だ。
「では、明日のお帰りをお待ちしております。」
「ああ。」
鴉はそう言うと、あっさりと紅葉の枝を撓ませ飛び立った。矢張り黒鉄、潔い。屋敷に使いを残す気は一切無く、また緑太も引き留めなかった。
常は散策で疲れた体を早々に休めていた。下腹部の痛みが無いだけで随分楽になり、その事で生じる憂鬱な気持ちも落ち着いて来た。
目が見えない為、目蓋を開けていても閉じていても闇の中ばかりだが、その中でも楽しみを探す。紫に頼んで少し開いておいて貰った窓から聴こえる樹々のたてる音や、入り込んで来る風が空気に混じるのを感じるのも悪く無い。
すませた耳に、馬の蹄の音と歯車の音が紛れ込む。白楊や赤月が出掛けるのだろうか、もしかしたら別の部屋に泊まっている紫かもしれない。
「何処に行くんだろ。」
今の正確な時間は分からない。しかし空気に夜の冷えを感じ、外は月と星が輝き始めている頃だろうと思われる。
遠去かる馬車の音を聴きながら瞳を閉じ、北国のボロ家を思い浮かべる。ノックをすると、やがて扉を開けてひょこっと赤髪が出て来た。おかえりー、そう言っていつもの様に笑う薄茶色の瞳。その細い体を抱き締め、幸せな気持ちで微笑む。
「ナツメ、ただいま。」
夢の世界はやがて、常を北国の日常に取り込み、そのまま長い眠りの中に閉じ込めようとした。
カタリ、微かな音を立て窓が大きく開き、ガラスを通さずに直接差し込む月明かりが、常が転んだ事で新たに敷かれた柔らかな絨毯を照らす。ベッドに近付く足音は、その高価な敷物に全て吸い込まれた。
「常、」
髪を撫でる大きく長い指、その感触はよく知ったものだ。ボロ家の中で、常はその声の主を振り返った。
「ああ、紅丸。」
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