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それが、幸せ
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棗は宿のテーブルに出した宝石の入った袋を覗き込む、どれにしようかと真剣に悩んで黒にも見える紫の宝石を取り出した。
「黒鉄さん!これ、これが良いな!」
晩御飯代わりの宝石、瞳の色にも使うという事なので棗が選んでいる。テーブルを挟んで向かい側に座る、黒鉄の大きな手の平に乗せて渡せば、
「ふむ、美味そうだな。」
摘んで室内灯に透かし見た。宿の外は月と星が輝き、すっかり暗くなっている。棗は自分の為に露天で買って来た温かな麺料理を放って、黒鉄が宝石を食べるのを待つ。
「そうなの?味は分からないけど、その瞳の色ならきっと格好良いと思うんだ。」
「そうか…、」
黒鉄がふっと笑う。くすんだ青い瞳が優しく細まり、紫の宝石を口に入れた。ぼりぼり、相変わらずの硬い物を砕く咀嚼音。口の中が切れたりしないのかと、棗が見守る中あっさりと飲み込む。目蓋が下り、瞬き程の一瞬後、次に目を開けば濃い紫の瞳になっている。
「わあっ…とても素敵だね。」
棗が顔を輝かせる。黒鉄はその薄茶色の瞳を見ながら、常の事を告げるべきか迷っていた。
明日屋敷に着いたとしても、常はまだ戻っていないかもしれない。常が両性を有している事は話しておらず、徒らに棗の不安を煽るのも如何かと思った。
「気に入って貰って有難いが、オレの本当の瞳の色はもっと暗い闇の色だ。」
「闇の色…黒色って事かな。」
あっと、棗は気が付いた。
「それって、トキワの本当の目の色と同じって事だね。だから隠すの?人間のいる所でその色だと不都合だから?」
「そうだ。オレが一見して魔物だとは分からぬだろうから、黒い目でうろつけば要らぬ問題になる。」
「大変なんだね。でも、それはトキワにも言える事…、果ての屋敷だったらトキワは本当の姿で居れる。」
「…それが幸せだと思えるならば良いが。」
「うん。でも、僕はトキワの側に居れるなら場所は何処でも良いんだ。何処でも幸せだよ。」
黒鉄は、その言葉に常の気持ちも同じなのではないかと感じた。ならば、もし明日両性の魔法が解けたらその次は如何するか。果ての屋敷へ戻るのか、…いいや、
「いかん、」
北国へ行くつもりではないのか、それは確信に近い。棗の持病、その事を考えれば常自らが行くしかない。棗の病が治り果ての屋敷へ向かってる事を知らない常は、棗と暮らすには全て元の姿に戻し北国へ行くしか道はないと思い込んでいやしないか。
では誰に頼るのか…もう答えは一つ。白楊ならば、躊躇せず対価と引き換えに願いを叶えるだろう。あれは、そういう魔物だ。
「黒鉄さん、如何したの。」
「いや、少し気になってな。ほら、折角の食事が冷めるぞ、」
「うん。」
黒鉄がテーブルの上の麺料理を指差して食べるように促す。棗は箸を手に取り、いただきますと湯気を立てる麺を掬った。
絹のバスローブを羽織った白楊は、朝日が昇り辺りが明るくなるのを見て腰掛けた窓枠から離れた。
睡眠は取っていない、寝ずとも何の不都合もなく黒鉄の様に昼寝が好きな訳でもない。偶には人間の習慣を真似てベッドに横になる事もあるが、睡眠は魔物にとっては必ずしも必要なものではなく、体を休める時間が少しあれば体力は回復する。
「これを渡さねばな、」
机に置かれたビロード貼りの宝石箱を手に取る。蓋を開ければ、美しくカットされて銀細工の台座に嵌っている薄桃色の宝石は、白楊の瞳と同じ輝きを宿して光を弾く。そのネックレスは、昨晩宝石商から購入した物だった。
「ふふ、これから失くす片目の代わりに入れてやっても良いな、」
繊細で複雑な細工のチェーンの先に付いた宝石は大きく、かなりの価値がある物だ。自分と同じ瞳の色も悪く無い、水色宝石と並んでもきっと似合うだろう。
「ああ、そうしてやろう。」
早く常が起きないかと楽しみで仕方ない。相変わらず屋敷は牡丹の香りに満ちており、その事にも慣れて来た、寧ろこうしてその存在を感じる事が嬉しくもある。
風呂に入る為に私室から続く浴室の扉を開ける、今日は常の髪の色に揃え淡い金色の袍を着るかと考えながら笑んだ。
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