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理由は二つ、そのどちらか
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約束通りに特殊技能者の家を訪れた一行は、中年の女性に案内されるままに広い応接間へ入った。そこに待っていた、西国きっての腕利きと評判の魔法を使う特殊技能者は中年の男性だった。
「さて、両性の魔法を解きたいと希望しているのは君かな。このソファーに座ってくれないか。」
一同をさっと見て、常を手招く。女性の様にほっそりとした体型なのにもかかわらず、紺色の男性用の袍を着ているので直ぐに判別出来た。
しかし頷いたものの、手招きにも反応せず、男性に視線が向けられないのを見て目が不自由なのだと悟る。その傍に立つ妙齢の女性が代わりに動いた。
「さあ常様、」
「うん。」
手を引き、紫は男性の前に据えられたソファーに導く。幾分緊張しながら、常がソファーの布地を手の平で探って腰掛けた。
蝙蝠は戸口近くに控えた赤月のスーツの上着ポケットの中からそれを見守った、紅色では人目を引きそうなので外に出るのは遠慮したのだ。
「さっさと魔法を解け、私は忙しい。」
白楊が苛々と、人間の匂いに辟易し扇子で鼻と口を覆った格好で文句を言う。
麗人に似合いの美しい薄桃の瞳が冷たく技能者を見る、何故かぞぞぞと背筋が冷えた男は、常の前に立ち言われるままに顔の前に手を翳した。
「さあ、目を閉じて下さい。今から貴方の魔法を解きます。貴方はこの魔法を解きたいと真に念じて下さい。」
「はい。」
常は素直に目を閉じ念じた…。男性が、その顔の前でパチンッと指を鳴らす。それがこの男性の魔法の解き方だ。
「……、」
シンと静まる空間。常は目蓋を閉じ、じっとしている。見守る魔物達は首を傾げた、何の変化も感じられない。常は依然として女性の気配が強く両性のままだ。
一方、技能者の男性も首を傾げる。通常なら、ぽわんと立ち昇る煙が少しも立っていない。例え魔法が上手く掛からなかったとしても、少しは煙が出て良い筈なのに霞すらない。
「おい、解けとらぬぞ。」
白楊の冷え冷えとした声に、特殊技能者は首を振った。自分の解除の魔法は完璧だったのだ。
「どうやら、解除が出来ぬ状態にあるようです。これはあまり知られていない事ですが、原因は二つ考えられます。一つは、本人がこの魔法を本当に解きたいと思ってない場合、」
その言葉に、常は咄嗟に目を開けた。確かに、今になって迷いがある。本当に解いて良いのか、果ての屋敷の御方様になれなくても良いのか…。紅丸は性別に拘らぬと言ったがそれは紅丸だけの感情で、それなりの立場にいる者の世継ぎの必要性は王子だった時に教育を受けており充分に分かっている。
それでも、棗を思い自分の気持ちを殺して一心に願った筈だ。そのほんの僅かな齟齬すらも駄目だと言うのか。
「常、何を今更迷う事がある。お前の望みだったであろう、解きたいと言うたではないか。」
「分かってる。ちゃんと念じたのに…もう一度、お願いします!」
合わぬ視線を男に向け、真剣に頼み込んだ。それを見ながら、特殊技能者が顎に手を当て考える様に呟いた。
「貴方はちゃんと念じた様だ。ならば原因は残りの一つ、中に子種が入っている場合のみ。」
「あ、」
常はハッとして昨夜の事を思い出した。朧げな切れ切れの記憶を辿る、果てた瞬間の紅丸は如何していただろうか…、
「おい、常。お前まさか、誰ぞとその様な交渉を持ったのではなかろうな?」
「えっ、いやっ、」
ひどく動揺した声。赤みの差した頬を両手で隠す。心臓はばくばくと激しく打ち、内心を表す様に水色の宝石が光りながら揺れる。
赤月と紫は視線を交わしスーツのポケットを見た、そこから顔を少し出してずっと様子を見守っていた蝙蝠が頷く。
ここにいる誰も、勿論紅丸すらも、そんな事が両性の魔法を解く妨げになるとは思ってもみなかった。故意にした訳ではない。常自身も知らなかったとはいえ、同意の元に及んだ行為、一方的に紅丸を責める事は出来ない。
「ちっ、」
舌打ちした白楊に、常はびくっと肩を揺らす。
「如何されますか、子種がなくなるまで待てば解く事は可能ですよ。一週間ほど時間を置いては如何でしょう。」
技能者の言葉に、白楊が暗く燃える感情を露わにした。
「そう長くは待てぬ。今この場で、私が子種を排除してやろう。」
チリンチリンッ、鈴の音と足音が近付く。ただならぬ気配を感じ、常はばっと立ち上がって中腰の姿勢でソファーの背に触れながら足を動かす。迫る白楊から逃れようとした。
「白楊様、お止め下さい!それは契約してない事です。」
今にも常に掴みかかろうとする主人の腕を引く、駆け寄った紫が転びそうになった常を支えた。
「常様!先程、果ての屋敷へ棗様と黒鉄様が到着されました。」
ポケットから出て来た蝙蝠が、常の周りを飛びながら告げる。 特殊技能者の男性はぽかんと、その喋る紅色の奇妙な蝙蝠を見た。
「え、…ナツメが果ての屋敷に、」
「はい。これからは果ての屋敷にてご一緒に暮らして頂けます。内緒にしておいて申し訳ありません。」
「…本当に?」
常は紫に支えられたまま、泣きそうな顔になった。あの棗がどういう奇跡か、東の果ての果ての果てで待っている。両性の魔法を解けぬ今、もうこの場にいる必要はない。
「我々の屋敷へ帰りましょう。」
「うん。」
「ならぬ。まだ契約は終わっておらん!」
白楊が赤月の手を振り解き、扇子を蝙蝠に向け投げた。
扇子は刃物の体をなし、シュッと空を切り裂く。あっという間も無かった、紅色の蝙蝠は縦に断たれ、はらはらと舞う。応接間の床に、半分に分かれた紅葉の葉が落ちた。
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