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安定感は、凄いんです
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二人に挟み込まれた白楊は、常の腰を抱いたまま秘書を流し見た。元より、白獅子の尾で打たれて死ぬ様なら、既に幾度も死んでいただろう。白楊は気難しい主人だ。
「お前がその様に煩いから、仕事はもうとっくに済ませておる。直ぐに客人を連れて戻る故、部屋の用意をしておけ。そうだな、常の隣の部屋が良かろう。」
「おや、誰を連れて来られるおつもりですか。矢張り、噂の棗様ですか?」
常は、光るグレーの猫目と長い爪を見てぽかんと口を開けた。赤月が頭を振ると、オールバックの髪型が崩れる。見詰めているうちに、みるみる耳が上に尖り柔らかな短い赤毛に覆われていく、完成したのは猫耳だった。尖った八重歯を見せて、青年がニヤリと笑う。
「そんな事をする前に、男らしくバシッと常様に気持ちを話したら良いのに。私だったら、そうして貰った方がきゅんっとします。」
その言葉に、常は白楊越しに顔を出して背後を見た。青黒く頑丈そうな大蜘蛛に美脚を晒して乗る、袍を着た若い魅力的な女性の姿。その蜘蛛は外観から察するに、猛毒を持つ類のものだ。
「はあ…猫に蜘蛛…。すげえな、そんで白獅子かあ、」
この三つ巴が視覚に強い刺激を与えていて、見る事に忙しく三人が話している内容がまるで頭に入らない。
目が見えていなかった時に、声で紫と赤月のそれぞれの容姿を想像していた。しかし、魔物はその想像を易々と超える。
「常様。蜘蛛が嫌いでなければ、紫さんと帰られる事をお勧めしますよ。」
「ふふ。この蜘蛛は、私の命令でしか毒を吐きませんよ、安心して乗って下さい。」
「蜘蛛は大丈夫なんだけど、動けなくて。」
折角の勧めだったが、白楊の腕は常の力では解けない。本人は未だに気付いてないが、両性である今は女性に近い筋力しかなかった。
「ふん。そんな虫は乗り心地が悪かろう。」
「いやいや、中々良いもんですよ。なんせ足が八本ですから、安定感は凄いですよ。」
そう言って、白獅子の足めがけ爪を振ろうとした赤月に対し、上から鋭く回転する扇子が迫る。それを避けずに真っ向から爪で薙ぎ払ったところを、白獅子の前脚が踏みつけようとする。
素早く体を反転し、白獅子を避ける赤月の側を通り抜けて路地裏を駆け出す。背後から赤月を拾った紫が続く。
「あ、おいっ!秘書に何してんだよ、仲間なんだろ!」
常が白楊の胸を叩いた、何故赤月にそんな事をするのか分からない。契約が果たされなかった事で腹を立てているのなら、責められるのは常だけの筈だ。
「舌を噛むぞ、黙っておれ。」
白楊の言葉通り喋るのは危険だった。風を受け常の体が浮く、白楊はその細い半身を胸の中に抱き込んだ。
白獅子と大蜘蛛は凄い速さで街を駆け抜け、あっという間に山間に入り込んだ。西国と東国の国境を抜けいよいよ東国に入った、北国と東国の境目の山を走る。両者の間合いは中々離れず、縮まらず、一定の距離を置き前後に続く。
赤月と紫は白獅子の脚を止めさせたいが、攻撃を加えて常が巻き込まれるといけない、それで手出し出来ずにいる。視界を遮る木々の枝葉を、蜘蛛の頭の上に立つ赤月の爪が薙ぎ払う。
「紫さん、ちょっと考えがあるんですけどね…、」
白楊はそろそろ後ろの邪魔者を排除したいと考えていた。もう人目がつかない場所にまで来た、扇子は手元に無いが幾らでもやりようはある。
あの大蜘蛛の使い魔を先ずは消さねばならない。そうすれば紫は次の使い魔を出すまで動けないだろう。しかし問題は赤月。使い魔と一体化して、自分の体を変えてしまう魔物である為、たかが猫とはいえ中々に厄介なのだ。
「あれを殺すには、接近せねばなるまい。」
その言葉に常の顔が強張った。誰を殺すつもりなのか…蜘蛛の使い魔か紫本人か、それとも秘書である赤月か。
白楊が白獅子の長毛をおもむろに掴み取り、背後に向かってふうっと吹いた。先程まで柔らかく風になびいていた毛が、硬く真っ直ぐな長針に変化し大蜘蛛に向かう。それを見た常の顔が青ざめた、あんな物が刺さっては人間ならばひとたまりもない。
白楊の手がまた新たに毛を掴もうとしたのを、常が飛びかかって邪魔をした。これ以上させてはならない。
「ああ、もう面倒な。紫さん済みません、何本か逃してしまいました。」
赤月が無数の針を跳ねるが、そのうちの何本かは蜘蛛に刺さった。
「…やってくれるじゃない。白楊様ったら、どうしてこんなに陰湿なのよ。どんと告白して、ガツンと振られたら良いじゃないの!」
紫が叫び、大蜘蛛が糸を吐いた。それは大きなネット状に広がり、白獅子の上に飛んだ。
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