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その脅威は、無情
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白獅子は背の上でもみ合う二人には構わずに、東の果ての果ての果てへ向け土を蹴り飛ぶ様に進む。しかしその足元は泥遊びでもした様に、白い毛並みが汚れていた。
「何故、邪魔をする。手を離さぬか!」
風圧で喋れない常は首を振り、50センチはある毛を再び掴んだ白楊の腕に縋った。さらさらの美しい白、しかし一度白楊の息が掛かれば身を貫き串刺しにする大量の武器に変わる。
白楊が常の肩を押し白獅子の背に押し付けた、離れた隙に手の平に息を掛け大蜘蛛に向けて放とうとする。
駄目だ!
声も無く叫んだ常は、肩を押さえる手から逃れ長針に向け腕を伸ばす。そこへ、赤月の策で放った大きな網目状の糸が上から迫り、白獅子はそれを避ける為に横へ跳ねた。
白楊の支えをなくした細い体は呆気なくバランスを崩し、片腕を伸ばした中途半端な格好で空へ放られた。
「あっ!」
「っ!常!」
ドッ、重い音を立て白獅子は着地し、常を受け止める為に間髪入れずに跳躍しようとした。その瞬間、
ずずずず、
地の奥からの地鳴り、揺れ。足下の地面が根を張る樹もろとも崩れ、白獅子ごと斜面を下へ滑り堕ちる。白楊は手に持ったままの邪魔な針の束を手放し、傾く白獅子の上から間に合わぬと分かっても常へ腕を伸ばした。常が受け身を取り、落ちる衝撃から頭を庇う。全ては一瞬だった。
先日の北国南部に降り続いた豪雨は東国の国境付近の山にも降り、この辺りの地盤を緩めていた。付近住民に立ち入り禁止令が出ていたが、西国にいた一行は知らずにいたのだ。
後ろにいた大蜘蛛は咄嗟に糸を出し、まだしっかりと立っている樹々に張り付いていた。一方、白獅子は流れる土の上に混ざる木や岩を蹴って抗ってはいるものの、大蜘蛛からどんどん離れて行く。
魔物も人と同じく、自然の脅威の前には無力だ。どんなに妖力が強くとも、天地を操る事は出来無い。
「常様!何処です!」
「常様!返事を!」
白楊は放っておいても大丈夫だろう。しかし問題は常だった。赤月と紫が大蜘蛛にしがみ付いた格好で、まだ止まらない土砂崩れの中を必死に見た。
「あっ!あそこに常様が、」
紫が指差し赤月に教える。白獅子を捕らえる為に放った蜘蛛の糸が、倒れた樹々の間にネットの様に張っている、その隅を常が片手で掴んでいた。幸いにして、まだそこは流されずに留まっている。
「今行きますから、少し我慢してて下さい。」
「そっと、そっとよ。赤月。」
赤月と紫が蜘蛛から降り、なるべく土を壊さぬ様にそろりと下にいる常を目指した。その距離がもどかしい、慎重に動かねばならず思った様に進まない。
「っ、う、」
常は如何してこんなに力が出ないのかと、必死で縄の様な太さの糸を握った。両手でしっかり掴みたいが、もう片手を上へ伸ばすのも筋力が足らず果たせない。以前なら片手で自分の体を支える事は造作もない事だった筈だ。
ぶるぶると腕が震える。受け身をとったものの、斜面を転がった時に足首を負傷した。踏ん張る体は、もう限界が近い。心臓の音が耳元で聞こえ、目に土が入り酷く痛んだ。自分の体の下にある土がゆっくりと滑り始める、
ああ、もう…。
目の中に入った異物を流そうと、閉じた目蓋から涙が流れる。果ての屋敷の事を思った。棗、黒鉄、緑太、そして…愛しい人を。
「ごめん、」
今、この瞬間も生を諦めたいと思ってなどいない。しかし、叶わぬ事はある。
それは静かに訪れた。常が糸を放す前に、糸の絡んだ樹ごと土が全てを飲み込む。
「常様!」
「ああっ!」
赤月と紫も流されそうになり、止む無く樹の幹や岩を土台に跳ねて大蜘蛛の位置へ戻った。何も手出しが出来ぬまま、唇を噛む思いで押し流される自然の無情な様を見る。もう、何処にも常の姿は無い。
どどどど、大量の土砂の流れる轟音は、やがてその下を流れる増水した川の流れの音に合流した。どんどん土を飲み、その水流は止まる事なく泥や岩や樹を下流へ押し流す。
やがて川は分かれ、穏やかな流れに変わり人の住む村の近くへ流木を運んだ。
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