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やっぱり、手順は踏むべし
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棗は、牡丹の咲き乱れる屏風を背にする常を改めて見た。確かに、男性というよりは女性に近い。柔らかみのある頬と、細い首、狭い肩幅。
小花柄の縮緬の半襟に、藍染めの小紋柄に華やかな鞠が描かれた着物を重ね、辛子色の半幅帯を貝の口に結んでいる。緑太に勧められ、好意を無下に出来ずに着ているその姿を見れば、誰しも女性だと思うだろう。
「以前かけられてた魔法の事は黒鉄さんから聞いてたけど、今は両性って…。それも、マリンさんがかけた魔法だなんて、」
「うん、ちょっと温泉で色々あって。でもナツメも病気が治って良かった。マリンとカイにも世話になったみたいだし、いつか礼が言えると良いけど、」
そこまで言って、顔を茶卓へ逸らす。恥ずかしい。家族である棗に知られるのが一番恥ずかしく、その反応をまともに見るのが怖い。もう逃げ出したいが、この話は避けて通れない事だ。常は正座した膝を落ち着きなく撫でる。
「トキワは両性のままでいいの?」
やっぱり来たなと体が硬くなる。その返事の前に、もう一つの話をする覚悟を決めなければならない。
「…あのさ、紅丸の事どう思う?」
「紅丸さん?」
棗が首を傾げる。そもそも、北国の後ろ盾を一度引き受ける報酬としてこの屋敷へ常を連れ去ったのは紅丸で、北国へ帰すのは無理だと言うから棗がここへ住む事になったのだ。
「病気を完全に治してくれたのは紅丸さんだし、この屋敷に住んでいいって言ってくれたから、それ程悪い人ではないと思うけど。でも、勝手にトキワを連れて行くのは駄目だと思う。」
「そうだよなー、そういう強引な感じがさ…ナツメは気に入らないんじゃないかって思ってた。」
これで棗が紅丸を嫌えば、先の話は難攻するだろう。
「そう。一言僕に、トキワさんを下さいって断ってから行って貰わないと駄目だろ!」
腕組みして、常の向かいに座った棗が力説する。思わず顔を上げて、やや憤った様子の海老茶色の男性用の着物姿に、やっぱり見慣れないなと思いながらも首を傾げた。
「え?いや、何かそれ違わねえか。娘さん下さい的な感じになってるし、」
「え?だってそうだろ、トキワをお嫁さんにしたいって話だよね?」
「えっ!な、何でだよ。」
いきなり本題を突かれて狼狽える。今からその話を何とか頑張って説明して、紅丸との関係を分かって貰って、次に両性問題を話そうと考えていた。
「トキワこそ何言ってるの。童話だって、魔物が年頃の人間を攫うのは、大抵お嫁さんにする為でしょう。」
「……あ。」
納得した。確かにそうではあるが、大抵は妙齢の女性を攫うのだ。断じて三十路のおっさんではないと注意したいが、今は両性者であり、何だかややこしいので頷いておく。
「で、トキワは紅丸さんと結婚したいんだね。」
「…はい。」
「それで、両性のままでいいって思ってるんだろ。」
「…はい。」
これではどちらが保護者なのかと思うが、北国に居た時もそうだったし、これが二人の家族としての在り方だ。
「だから僕が、紅丸さんの事を気に入るか心配してるって事だね。最初からお見通しだよ。」
「うん。」
棗は小さな卓上に乗せてある、ややぬるい緑茶を飲む。茶菓は、緑太手製の栗羊羹だった。
「好きな相手くらい、自由に決めて良いんだよ。僕は、トキワの決める事には反対なんてしないんだ。それにこの屋敷もみんなも好きだし、」
もちろん紅丸さんの事もねと、笑顔で言われて、ようやく常も気持ちが落ち着いた。ほっとして、緑茶を飲んで栗羊羹を一口頬張る。緑太の腕前の確かさに頷いた。
「美味いな。」
「ふふ、トキワは本当甘い物が大好きだよね。」
「うん。」
常は羊羹を飲み込み、また緑茶を口にする。
「紅丸さんも、きっとトキワには甘いんだろうね。」
ぶっと、口に入れたばかりの茶を吹いた。
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