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みかんと、狩り
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屋敷へ帰って来た棗は、早速みかんを二つ持って常の部屋を訪れた。最近は紅丸がよく入り浸っているので、むやみに中へ入らずに、襖の外から入っていいかと声を掛けて返事を待つ。やがて常の声で、入室を許可する返事が返って来た。
「具合はどう?みかんを持って来たんだけど、食べれるかなあ。」
可愛らしいうさぎの柄が入った羽織の袂を探り、みかんを二つ取り出す。美味しそうなつやつやの皮を見て、常は微笑んだ。
「うん…ありがとう。」
そう言って布団から体を起こし、みかんを一つだけ受け取る。甲斐甲斐しく常の肩へ牡丹が描かれた羽織を着せる紅丸へ、一緒に食べようと声をかけた。
その笑顔はいつもの常で、顔色はやや悪いが薬湯のおかげか朝よりは調子が良く見える。落ちてくる髪を耳にかけて、袂に挟んでいたハンカチを広げてその上で皮をむき、半分に割った実を紅丸へ渡す。それぞれ、一房口へ運んだ。
「うん、甘くて美味い。」
「みかんを食べたのは久し振りだ。中々に美味い。」
棗も手に持っていたみかんをむいて、一緒に食べる。房の皮は薄く、口へ含めば甘くてみずみずしい。
「うふふ、美味しいね。あ!紅丸さん、白楊さんの使いの白獅子が、仕事の報告がしたいって茶の間で待ってますよ。」
「分かった。しばらくここを離れる、代わりに常の側に居て貰って良いか、」
「はい。」
棗の返事聞いて、みかんを食べ終えた紅丸が立ち上がる。今日は銀鼠色の縞格子の着物の上に、蝶の柄が入った羽織を重ねている。濃紺に染められたその羽織は常の髪色とよく似ていて、最近は好んでそれを見にまとう事が多い。
行ってくると常へ告げ、紅丸は名残惜しそうに部屋を出て行く。それを布団の上から見送り、常はみかんを乗せたハンカチを畳んで傍へ置くと棗へ詫びた。
「ごめんな、少ししか食べれないみたいだ…。後でまた食べるな、」
「ううん、無理しないで。」
棗は首を振った、無理をして体調不良が長引くといけない。今朝の薬湯は、緑太と棗の二人で話し合って調合したものだった。
「今日は天気も良くて、行楽日和だな。みかん狩りは楽しかったか。」
「うん。いつも木の陰にいる魔物にもおすそ分けしてみたよ。口の中に放ったら一応食べてくれたけど、表情とかないから美味しいと思ってるのかは分からなかった。」
「ははっ、ナツメは相変わらずだよなぁ。俺はあいつらに、食べ物をやる発想なんてなかったなあ。この庭に来る小鳥と同じように、少しずつなれるかもしれないぞ。」
常と棗の二人がかりで餌を与え、最近ようやく庭を訪れる小鳥が以前より増えて来ていた。
「うん……あのさ、ここの土地って確か不老長寿なんでしょう?病にもかからないって聞いてたのに、なのに…、」
棗の表情が曇る。ずっとその事が気に掛かり、本当は心配でたまらなかったのだ。それに最近の常は、何故か若返っているように思える。幼い頃に助けてくれた、淡い金髪をなびかせて歩くあの麗しい青年の姿と重なった。
「ああ。そういやそうだ。この東の果ての果ての果ては、人間にとっての夢の地だったな。」
最近ずっと少し味覚がおかしく、気の所為かと思いながら食事を続けていたが、いよいよ今朝は吐き気を伴い食べる事が出来なくなった。
これが病でないのなら、ではこの症状は何だと、常はふと頭で日数を数えてみた。確かに来るべき日より遅れている。
「…やべ、」
「なに?何がやばいの。」
「いや、何でもない。これは多分病気じゃないんだ、だから大丈夫。昨日欲張って、たくさんおやつを食べたからだろ。」
まだ話すには早い。あくまでこれはただの予想だ。この後、いつもの通りに腹痛がやってくるのかもしれない。
「あ、みかん狩りの帰り道で白獅子に乗せてもらったんだよ。トキワも何回か乗ったんでしょう。凄いよねあの毛並み…毛皮にしたら何枚分になるかな、」
「…なあ、もしかして石とか投げたりしてないよな?」
恐る恐る聞く、
「やだなあ、勿論投げるに決まってるよ。あんな大物見たら、北国の人は絶対に狩りをするよね。あ…もしかしてトキワも投げた?」
棗があまりにも無邪気に聞くので、常も笑って頷いてしまう。頭を狙い石を鋭く投げる狩りのやり方を教えたのは常である。
「そ。俺も初めて見た時に、おお!とか思っておもっきし投げた。犬鍋とか毛皮とかさ、思わず冬支度を考えるよなぁ。さすがに今はもう、そんな事は思わないけどさ。」
北国で暮らした日々が懐かしい。棗がここにいる今は帰りたいとは思わないが、色んな思い出の詰まった故郷と呼ぶべき場所だ。幼い常に、石での狩りを教えてくれたのも養父だった。
「そういえば、白楊さんに南国にある別荘に誘われたんだ。最近は西国も寒くなってきたから、今は南国にいるらしくて。あそこは一年中の殆どが夏なんだって、すごいよね。」
「へえ…。南国かあ、」
常が南国へ行ったのは幼き頃で、目的は魔法をかけてもらう為だった。今はもう、どんな所だったのか覚えていない。魔法をかけられた記憶すらもあやふやだ。
「ねえ、トキワも一緒に行かない?」
「…そうだな、もし行けたら。」
「あのね、プライベートビーチがあるから好きに泳いでいいって言われたんだけど…僕は今まで一度も泳ぎを習った事ないから不安なんだ。トキワは泳げる?」
「あー、もう随分長いこと泳いでないから無理だと思う。」
北国では夏は短く、泳ぐ習慣がない。常の経験も、東国の王城に住んでいた頃の話だった。
「黒鉄さんに教えて貰いたいけど…、なんだか白楊さんは黒鉄さんを誘いたくないみたい。」
「ああ。成る程なあ、」
あの二人の、というよりも白楊の一方的なものだが、険悪な雰囲気は常も感じている。
「トキワも黒鉄さんも行かないなら、僕も止めようかな、」
棗としては南国へ行って泳いでみたい気持ちは山々だが、もし常も黒鉄も行けないとなれば別荘を訪れるのは難しい。
「黒鉄と同行出来ないか、俺から白楊に話してみる、」
「本当?」
「でも、説得出来なかったらごめんな。その時は、俺が一緒に行くから。」
「うん!ありがとう。」
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