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新たな門出、新しい命
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棗は合否を確認した後に、黒鉄と共に西国を去った。経済大学に通う為の準備を整えたら、白楊の屋敷に間借りする事になっている。普通に行けば五年間、果ての屋敷から離れる生活を送る事になり、人としての時もそれだけ進む。
東の果ての屋敷へ帰って来た棗は、常と向かい合い、改めて合格の報告とこれからの話をしていた。
「学生服とか教科書は全て赤月が手配を終えているから、俺が出来る事なんてあんまりなくてごめん。…これ、好きに使って良いからな。学生なんだから、付き合いとか色々あんだろ。」
躊躇い顔の膝近くに、畳の上へ置いた通帳をずずと進めた。この屋敷を出る棗に、せめてもの親心だ。
それは棗名義の口座で、主に棗が管理して、そこへ二人の稼ぎから生活費を引いて残りを入れていた。東国の親の借金の所為で口座を作る事が出来ないと理由付けして、そうする事に決めていたからだ。しかも今は、北国の王から貰った報酬で残高はかなりの額にのぼる。
「でも、トキワ…これは二人の」
「俺は、もうこの地以外に何処かへ住む事もない。だから、必要ないんだ。」
元から、棗の為の貯蓄だった。もう常には使う宛てのない金だ。
「俺さ、こう見えても億万長者の奥さんなんだぜ。びっくりだろ。」
その悪戯な笑顔。相変わらずの常の様子に、つられて棗も笑う。
牡丹の間は、紅丸が席を外して居てもあの煙草の香りが匂った。それだけの時を共に居るのだと語る。紅丸の自室も牡丹の間の隣に移り、仕切りの襖を開けたら更に広く使えるようにしてある。
「うん、そうだった。ずいぶんな玉の輿だよね。」
「そ。遠慮なく使えよ。あと、世話になる白楊と赤月にも宜しくな。」
「うん。」
白楊の名を言う声音には何のわだかまりもない。常は棗よりも大人で、棗の知らない経験を重ねて来ている。それに比べれば自分の淡い気持ちなど、まだ何の形も成していない。
「黒鉄ともしばらく離れるから寂しくなるな…。」
「うん。僕を送った後に、しばらく旅をするって言ってたからね。でも、偶には西国の屋敷に顔を見せてくれるって、」
「饅頭持って、ふらっと訪ねて来るだろうな。」
「ふふ。そうだね。」
涼し気な若竹の描かれた浴衣を着て、腹が重いと足を崩して脇息にもたれかかる。夜も腰が痛み眠りは浅い。棗はその疲れた様子に、少し横になるように促した。
両性のせいか、それとも体質なのか、少しお産が早まりそうな気配もある。紅丸の心配は深く、それで片時も離れ難いのだろう。
「ごめんな、少し眠くなってきた。」
「うん。無理しないで寝てて良いよ。」
敷かれた布団に棗が手を引いて寝かせる、午後の陽射しは障子を通してその姿を照らす。薄い目蓋は黒眼を隠し、長い睫毛が柔らかな頬に影を落とした。
もう二十歳そこそこの姿だ。幼い棗の出会った、淡い金髪をなびかせていた青年の頃よりも若い。進むはずの時は逆戻りして、棗の知らぬ過去を追う。
「おやすみ、」
そっと牡丹の間を出て、音の響かぬように襖を閉める。寝た事を知らせに、茶の間か書斎だろうと紅丸の姿を求めて歩き出した。
棗が黒鉄と共に屋敷を出てしばらくの後に、緑太はまた夜半に夢を見て目を覚ました。床に身を起こす。枕元にはあの髪留めが置いてある。
「いよいよ今日。」
その夢が確かである事を証明するように、その日のうちに常のお産は始まった。その誕生は予定よりも半月ほど早い、黄金色の夕暮れが過ぎ、星と月が輝き出した夏の夜だった。
青藍。
丁度、生まれた時の夜空の色。そして、その髪の色から付けられた名である。
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