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青く、硬く
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トタ、トタ、と歩き回る露草色の浴衣姿の子供の背中を常が追う。屋敷が広く見失うと後が大変なので、とにかく目が離せない。しかも好奇心旺盛な、ひとまず何でも口に入れて確かめる時期で油断出来ない。
「うしっ、捕まえた!」
意外に素早い動きを見せる小悪魔を抱き上げ常が笑う。青藍も小さな手で常の浴衣を掴み、捕まった側が捕まえたかの様な笑顔で満足そうに胸元へ顔を埋めた。
親子の微笑ましい様子を間近で見た棗は、小さな頃にああして抱いてもらっていた事を思い出した。
「トキワ、夕食の前に少し庭でも散歩しようか。僕も付き合うから。」
青藍の両側から二人で手を引きながら一緒に庭へ出る。日の傾き始めた広い庭は夏の盛りで、芙蓉の大輪のピンクが花をたたみ始めると、待宵草の抜ける様な黄色が咲き始める交代の時間だ。
「青藍は随分としっかりしてきたね。髪の色はトキワよりだけど、顔は紅丸さんに似てる。」
「そうなんだよ、めちゃくちゃ紅丸似。可愛いだろ。」
ふわふわのぽちゃっとした頬を常がつつく。色白な顔を縁取る髪は青藍色で紅丸と同じく緩やかな癖があり、この屋敷の継承者の証だと聞く金色と紅色のオッドアイは、紅丸の幼少期を偲ばせるようだ。
「来月から三年生か…飛び級なんて凄いなぁナツメ。それに身長も随分と伸びたし、もう俺を追い越しそうだな。」
常が目を細めて、その成長を眩しそうに見詰める。棗は背の高い人の多い南国の血が入っているので、体が丈夫になった今、まだ身長が伸びる可能性があった。
「でもトキワの姿も随分と変わった、今なら僕の姉で通用すると思うよ。」
「えー、そこは兄だろうが、」
棗が首を傾げる、涼し気な流水に金魚の泳ぐ浴衣を着て、紫の蝶結びの帯をしている姿を兄とは呼び辛い。大学生に混じっても違和感がないだろうし、その容姿を見れば男子学生にモテるだろうとも察しが付く。
「何だよ、俺だってちゃんと男物の服着たら、今も男に見えるってば、」
「ふうん、まだ男の姿になって女の気でも惹きたいのか、」
「うわ、紅丸!」
気配も無く背後に立つ低い声音に、びくっと常の肩が跳ねる。明らかにやばいって顔をして、いやいやと首を振った。
「まっさかぁ、この体でそんな事を思う訳ねえだろ。しかも子持ちだぜ、」
「さて、それは体に聞いてみるとするか、」
わっと声を上げるのを無視して常を肩に担ぎ、棗の方を見るオッドアイは有無を言わせぬ雰囲気がある。
「青藍は適当に遊ばせてやってくれ。後は黒鉄か緑太に頼むと良い。」
「はい。」
御愁傷様と常を見送り、つないだままの手を引かれて、ああとその小さな体の前にしゃがんだ。
「大丈夫だよ、トキワと紅丸さんの所へは後で連れて行ってあげるね。少しだけ、二人きりになりたいんだって。庭の花を見て、僕と一緒にご飯を食べようか。」
青藍は分かっているのかいないのか、こくんと一つ頷く。あっちと言いながら、導かれて進むと緑太が居た。
「緑太さん。何してるんですか、」
「ああ、棗の実が付いているのを見ていたのです。」
「棗、」
見れば、まだ青い長丸の実が葉と葉の間に隠れている。
「ええ。常様がいらしてからは特に食べる機会が増えました、お好きなのだと仰られてましたよ。棗様のお名前の由来だとも聞いております。」
「うん。丈夫に育つようにって。」
青藍が慣れた様子で緑太にしがみ付いて裾を引く。緑太は心得た顔で頷くと、棗の葉を一枚千切り両手に挟み屈んだ。
「青藍様、いつものように手を広げていて下さいね。」
そう言って、自分の手の平からそっと小さな手に何かを移した。
「わあ、」
愛らしい歓声。棗の葉と同じ色の小さな蝙蝠が、小さな手の平いっぱいに大人しく乗っている。
「凄い、葉っぱの蝙蝠だ。」
「ええ。私は木や草花の力を借りて、使い魔の蝙蝠を作るのです。」
「へえー、素晴らしい技ですね。拝見出来て良かった。」
「いいえ、私は力が弱いのです。この位の事しか出来ません。」
緑太は立ち上がり、謙遜では無く諦めた様子で首を振る。棗は笑顔を曇らせた、この不思議な妙技は本当に素晴らしいと思うのだが、先日に魔物は強い者に敬意を払うと聞いたばかりだ、きっと妖力の強さが絶対なのだろう。
「魔物の価値観はよく分からないけど、僕はこの技がとても素敵だと思う。青藍だってこんなに喜んでいる、それは緑太さんのおかげでしょう。強さよりも価値の在るものだって、この世には沢山あるんだ、」
「…そうですね。済みません。私は至らないもので、棗様に要らぬ気遣いをさせてしまいました。」
「緑太さん…、」
言葉を詰まらせる棗の側で、青藍が緑太の裾をもう一度引く、蝙蝠は手から離れてパタパタと三人の周りを飛んだ。
「だっこ、」
「はい。」
強請られて、緑太が幼い体を抱き上げた途端にぎゅ、と眉根を寄せてしがみつかれる。ああと、その小さな背中を撫でると微笑んだ。
「青藍様にも、心配をかけてしまった様ですね。」
「僕よりも、青藍の方がよっぽど慰めるのが上手い。」
「ふふ、青藍様は周りの方の気持ちに敏感なのです。」
愛おしい口調で語る。この屋敷で大切に育まれているのだと感じて棗も微笑む。
いつか、自分も子供を持つ事が有るのか…それはまだ分からない先の未来。その前に、白楊への思いすらも実っていない。
夕暮れ始めた陽の照らす、青い棗の実を仰ぐ。まるで自分と同じく、青く硬い姿だった。
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